戒められし者
二十七.冷たい再会
マーサーは、食堂の椅子に座って、やっと落ち着いたみたいだった。
食堂は、木で作られた、温かい雰囲気のある部屋だ。息を吸い込むと、ほのかに木の匂いがする。
「いやはや、素晴らしいところだな。木で作られた物が多いが、ウォーター学舎は、自然が多いのか?」
サリムが、微笑みながら言った。
「はい…この辺りは、リョザン(広葉樹林)が多い山です。もう少し山間の方へ行きますと、ショザン(針葉樹林)が多いですが、この辺りの山は、春はブロム(桜)の花が咲き、夏は緑の葉を茂らせ、秋はタムア(紅葉)が色づき、冬は葉を落とした木々が立ち並び、白銀の雪景色となります。一年を通して、見飽きない風景となるのです。」
マーサーは、感心したように言った。
「なるほど…どうりで空気が綺麗なわけだ…。アントナ国では、ショザンの方が多いからな…紅葉するなんてことはないんだよ。」
アストは頷いて、同意を示しつつも、さっき駆け出していったラルのことを気にしていた。
(遅すぎやしないか…?)
そばにいたサリムに、近づくと聞いた。
「あの…獣舎とかって、どこにありますか?」
その瞬間、サリムが驚きに満ちた顔で、こちらを向いた。
「え…っと…あちらの方にありますが…どうしてですか?」
震える声を聞きながら、アストは言った。
「一人の近衛兵が、あっちの方へ、先ほど走っていったのです。『何か笛のような音が聞こえた』と言って…恐らく…方向的に獣舎の方ではないかと…。」
サリムが、みるみるうちに青ざめていった。
「リューサ!」
一人の青年が走ってきた。
「今すぐ…あの子のところへ行って、このことを伝えて。」
頷くなり、リューサは食堂を足早に出ていった。
アストは、サリムにもう一度問うた。
「何か…まずい事でも?」
サリムは、信じられない様子で首を振りながら、真っ青な顔でこう言った。
「ええ…あの辺りは、この時間帯、イシュリ達が日向ぼっこに出るのです。止め笛を持った教導ノ師や学生を配置しておりますが、止めれないこともしばしばございますので…」
それを聞くなり、マーサーは、即座にアストを見た。
「アスト!何をしているんだ!ラルを一人で行かせたのか!?」
アストは、慌てて釈明した。
「い、いえ!止める間もなく、行ってしまったのです!」
マーサーは、苛立ったように首を振った。
「だからなんだ!ラルはお前のバディじゃないのか!?こういう場合、止めるか共に行くか、どちらかにするのが、近衛兵の掟だろう!忘れたのか!?」
アストは、頭を下げた。
「申し訳ございません!」
と、戸が開く音がした。
目を向けると、そこにはラルがいた。
「申し訳ございません。少し持ち場を離れておりました。」
ほっと息をついて、サリムが言った。
「無事なら、何よりでございます。どうぞ、温かい茶でもお飲みください。粗茶ではございますが…。」
そこまで言ってから、サリムは、ふっと外に目を向けた。
(シャラ…)
シャラは、気づかれてないだろうか…ハジャレンが守ってくれたのだろうか…。
目を閉じた。
リヨンなら、無事を祈りつつ、この場を切り抜けるだろう。
なんとか守らねば…サリムの胸には、黒々とした不安が広がりはじめていた。
シャラは、竪琴を弾いて、歌っていた。
「…ほら、ご覧。草花が咲き乱れるこの場所を。精よ笑え。これらは全て、そなたのものとなる。泣くことはするな。そなたは笑いノ精なのだから。見てご覧。そなたの野が、美しき野となるよ。太陽の光、優しき風が合わさり、笑いノ精は笑顔を見せる。大切な人、出来ましたか?その人を、笑顔にしよう。笑いノ精、あの人に笑顔の贈り物を、してくれますか…?」
カヤンも、嬉しそうにシャラン、シャランと鳴いている。
「ごめんね、外に出せなくて。そろそろ王たちが来るから、いい子にしててね。」
カヤンは、わかった、と鳴いてから、少し羽ばたく仕草をした。
シャラは笑いながら言った。
「ここで飛ばないでよ。獣舎が壊れちゃう。」
その時、扉が叩かれる音がした。
「シャラ!開けてくれ!」
リューサの声だった。
「リューサ先輩?カヤン、ちょっと待ってて。」
鍵を開けて、扉を開けると、リューサが即座に入って、また鍵を閉めた。
「シャラ、近衛兵がこの辺りに来たことを知ってるか?」
シャラは頷いて、ハジャレンのことを伝えた。
リューサは、ほっと息をつくと、座り込んだ。
「そうか…良かった…。カヤン、元気そうだな…。」
シャラン、と鳴いた、カヤンの目は、優しかった。
「…俺には、敵意を見せなくなったな…。」
シャラは微笑んだ。
「何度も教えたんですよ。リューサ先輩は、私の大切な仲間なんだから、って。」
リューサも微笑んだ。
「そうか…イシュリも、そう言うと通じるものなのか?」
シャラは、少し考えてから言った。
「そうですね…何度か言わないと意味が無いんですが、五回言えば、必ず覚えます。イシュリって、かなり頭がいいんですよ。」
リューサが、カヤンを見上げながら言った。
「そうなんだな…一応書物にもそうやって書いてあるよな。イシュリは、驚くほど賢い獣で、何回か同じことを経験すれば、完璧に覚えることが出来るって。」
シャラは頷きながら、カヤンに目を向けた。
「そろそろ…リーガン達が、こっちに来るんですよね…。」
そう呟いた、シャラの唇が震えているのを見ながら、リューサも手を握りしめた。
シャラの過去を知っている者なら、誰だって今回の件に反対したはずだ。
残念ながら、自分とサリムしか知らないことだったために、二人でしか反対できなかったが、シャラが危ないということだけは、全員が把握してくれた。
そのおかげで、今、何も知らない様子で、イシュリ達を見ている教導ノ師や学生達は、こっそりと武器を持っている。
シャラが連れていかれそうになったら、すぐに守るという算段だった。
と、シャラが眉をひそめて、扉の方を見た。カヤンも唸っている。
「シャラ?どうし…」
シャラが、口元に人差し指を持っていき、無言で、静かに、と伝えた。
「外に…人がいます。」
驚いて扉の方を見た。
「なんで…分かるんだ?」
シャラは、つぶやくように言った。
「…人の気配がするのと…話し声が聞こえます。サリム先生がお連れしたのではないかと…。」
リューサは、息をするのも忘れて、シャラを見つめていた。
「王家って…そういう訓練とかもするのか?」
シャラは、首を振った。
「いいえ…」
随分間が空いてから、こう言った。
「母の影響なんです…」
リューサは、首をかしげた。
「母?リヨン女王のこと?」
シャラは、悲しげな目をしながら言った。
「ええ…母は、魔術ノ民でした。魔術ノ民は、自然と一体化して、放浪する民です。その分、周囲に自分たちがいることを知られてはなりません。だからこそ、人の気配などを、敏感に感じ取ることが出来るのです。」
扉に目を向けると、シャラは続けた。
「私も幼い頃…よく母に、気配の消し方と、気配の感じ取り方を教えてもらいました。母は、こう言っていました。『自然の声に耳を傾け、その自然の声とは違う音が聞こえた時、それは人が来ている合図。明らかに、人がいなかった時の空気も、変わってしまうものなのよ。』と。あの時は分からなかったけれど、今になるとよく分かります。少し、空気が違っているんです。」
リューサは眉をひそめた。
「…全く分からないけど…」
「最初は分かりません。何度も何度も試して、やっと分かるようになってくるのです。…私もそうでしたから…。」
リューサは、もう一度目を閉じてみた。
「ああ…たしかに…少しざわめきが聞こえるな…。今回のは、わかりやすい方なのか?」
シャラは、頷いた。
「はい。今回は、まだわかりやすい方です。ハジャレンとかだと、どんな時でも、どんな所でも、間違いなく気づきますが…私はまだまだですね。」
リューサは思わず笑った。
「何言ってんだ。お前がまだまだなら、俺はどうなる?底辺中の底辺じゃないか。」
シャラも笑顔になった。
「いえ…ハジャレンと比べたらってことですよ。」
リューサはすかさず言った。
「お前、比べる対象間違えてないか?」
確かに…と頷くと、リューサが、また笑った。
「らい…じゃなくて…ありゅーそん…だっけ?魔術の民って書くあの民族と、お前だと、さすがに向こうの方が、圧倒的に強いだろうな。」
シャラは、苦笑した。
「まあ…そうでしょうね…。」
リューサは、ため息をつくと、ぽつっと言った。
「幸せに…人生が進んでくといいんだけどな…。」
シャラは、ふっと微笑んで言った。
「こういう仲間に出会えただけでも…私は幸せです。」
リューサは、目を見開いて、シャラを見た。
シャラは、その顔を見ながら続けた。
「私はここまで、幸せだったけど、その反面では幸せじゃない部分もありました。いいえ、むしろ、そっちの方が多いと思います。けれど、こうやって素敵な仲間に出会えました。…もし、母と今でも暮らしていたら…スフィルと出会ったあと、リーガンが王にならなければ…きっとここに来ることもなく、リューサ先輩にも会えてないんです。そうでしょう?でも、私は今、不思議と幸せですよ。なぜかは分かりませんが…」
そこで、扉が叩かれた。
「…サリムよ。開けてくれる?王たちが、イシュリをご覧になりたいそうよ。」
シャラは、笑みを収めると、ぐっと口を引き結び、鍵に手をかけ、リューサを見た。
リューサは、小さくため息をつくと、静かに頷いた。
シャラも頷き返すと、鍵を開けた。
重い扉が、ゆっくりと開いた。
その瞬間、獣舎の中に、朝の光が一気に差し込んだ。
ずっと外に出ず、薄暗い獣舎の中にいたから、目がくらんで、咄嗟に目をつぶった。
耳元で、サリムの声が聞こえた。
「シャラ、落ち着くのよ。リーガンも、もちろんいる。そばには近衛兵が大量にいるから、逆上しないようにね。大丈夫。私とリューサがそばにいる。仲間がそばにいるからね。」
シャラは、頷いた。
目を開けると、リューサの方を見た。
リューサが、微笑んで小さくガッツポーズをして、大丈夫、と口を動かした。
サリムも頷いた。
シャラは、息を深く吸って、吐くと、扉の方に目を向けると、小さくため息をついた。
「リーガン」
真っ青な顔で、自分を見つめているリーガンを、シャラは冷淡な目で見ながら続けた。
「元気そうでなによりね。」
リーガンは、声を出すことも出来ないようで、小刻みに震えていた。
シャラは、冷ややかな笑みを浮かべて、こう言った。
「ようこそ、今の私の家、ウォーター学舎へ。」
重い沈黙が漂った。
あのマーサーですら、この沈黙を破ることは出来なかった…。
食堂は、木で作られた、温かい雰囲気のある部屋だ。息を吸い込むと、ほのかに木の匂いがする。
「いやはや、素晴らしいところだな。木で作られた物が多いが、ウォーター学舎は、自然が多いのか?」
サリムが、微笑みながら言った。
「はい…この辺りは、リョザン(広葉樹林)が多い山です。もう少し山間の方へ行きますと、ショザン(針葉樹林)が多いですが、この辺りの山は、春はブロム(桜)の花が咲き、夏は緑の葉を茂らせ、秋はタムア(紅葉)が色づき、冬は葉を落とした木々が立ち並び、白銀の雪景色となります。一年を通して、見飽きない風景となるのです。」
マーサーは、感心したように言った。
「なるほど…どうりで空気が綺麗なわけだ…。アントナ国では、ショザンの方が多いからな…紅葉するなんてことはないんだよ。」
アストは頷いて、同意を示しつつも、さっき駆け出していったラルのことを気にしていた。
(遅すぎやしないか…?)
そばにいたサリムに、近づくと聞いた。
「あの…獣舎とかって、どこにありますか?」
その瞬間、サリムが驚きに満ちた顔で、こちらを向いた。
「え…っと…あちらの方にありますが…どうしてですか?」
震える声を聞きながら、アストは言った。
「一人の近衛兵が、あっちの方へ、先ほど走っていったのです。『何か笛のような音が聞こえた』と言って…恐らく…方向的に獣舎の方ではないかと…。」
サリムが、みるみるうちに青ざめていった。
「リューサ!」
一人の青年が走ってきた。
「今すぐ…あの子のところへ行って、このことを伝えて。」
頷くなり、リューサは食堂を足早に出ていった。
アストは、サリムにもう一度問うた。
「何か…まずい事でも?」
サリムは、信じられない様子で首を振りながら、真っ青な顔でこう言った。
「ええ…あの辺りは、この時間帯、イシュリ達が日向ぼっこに出るのです。止め笛を持った教導ノ師や学生を配置しておりますが、止めれないこともしばしばございますので…」
それを聞くなり、マーサーは、即座にアストを見た。
「アスト!何をしているんだ!ラルを一人で行かせたのか!?」
アストは、慌てて釈明した。
「い、いえ!止める間もなく、行ってしまったのです!」
マーサーは、苛立ったように首を振った。
「だからなんだ!ラルはお前のバディじゃないのか!?こういう場合、止めるか共に行くか、どちらかにするのが、近衛兵の掟だろう!忘れたのか!?」
アストは、頭を下げた。
「申し訳ございません!」
と、戸が開く音がした。
目を向けると、そこにはラルがいた。
「申し訳ございません。少し持ち場を離れておりました。」
ほっと息をついて、サリムが言った。
「無事なら、何よりでございます。どうぞ、温かい茶でもお飲みください。粗茶ではございますが…。」
そこまで言ってから、サリムは、ふっと外に目を向けた。
(シャラ…)
シャラは、気づかれてないだろうか…ハジャレンが守ってくれたのだろうか…。
目を閉じた。
リヨンなら、無事を祈りつつ、この場を切り抜けるだろう。
なんとか守らねば…サリムの胸には、黒々とした不安が広がりはじめていた。
シャラは、竪琴を弾いて、歌っていた。
「…ほら、ご覧。草花が咲き乱れるこの場所を。精よ笑え。これらは全て、そなたのものとなる。泣くことはするな。そなたは笑いノ精なのだから。見てご覧。そなたの野が、美しき野となるよ。太陽の光、優しき風が合わさり、笑いノ精は笑顔を見せる。大切な人、出来ましたか?その人を、笑顔にしよう。笑いノ精、あの人に笑顔の贈り物を、してくれますか…?」
カヤンも、嬉しそうにシャラン、シャランと鳴いている。
「ごめんね、外に出せなくて。そろそろ王たちが来るから、いい子にしててね。」
カヤンは、わかった、と鳴いてから、少し羽ばたく仕草をした。
シャラは笑いながら言った。
「ここで飛ばないでよ。獣舎が壊れちゃう。」
その時、扉が叩かれる音がした。
「シャラ!開けてくれ!」
リューサの声だった。
「リューサ先輩?カヤン、ちょっと待ってて。」
鍵を開けて、扉を開けると、リューサが即座に入って、また鍵を閉めた。
「シャラ、近衛兵がこの辺りに来たことを知ってるか?」
シャラは頷いて、ハジャレンのことを伝えた。
リューサは、ほっと息をつくと、座り込んだ。
「そうか…良かった…。カヤン、元気そうだな…。」
シャラン、と鳴いた、カヤンの目は、優しかった。
「…俺には、敵意を見せなくなったな…。」
シャラは微笑んだ。
「何度も教えたんですよ。リューサ先輩は、私の大切な仲間なんだから、って。」
リューサも微笑んだ。
「そうか…イシュリも、そう言うと通じるものなのか?」
シャラは、少し考えてから言った。
「そうですね…何度か言わないと意味が無いんですが、五回言えば、必ず覚えます。イシュリって、かなり頭がいいんですよ。」
リューサが、カヤンを見上げながら言った。
「そうなんだな…一応書物にもそうやって書いてあるよな。イシュリは、驚くほど賢い獣で、何回か同じことを経験すれば、完璧に覚えることが出来るって。」
シャラは頷きながら、カヤンに目を向けた。
「そろそろ…リーガン達が、こっちに来るんですよね…。」
そう呟いた、シャラの唇が震えているのを見ながら、リューサも手を握りしめた。
シャラの過去を知っている者なら、誰だって今回の件に反対したはずだ。
残念ながら、自分とサリムしか知らないことだったために、二人でしか反対できなかったが、シャラが危ないということだけは、全員が把握してくれた。
そのおかげで、今、何も知らない様子で、イシュリ達を見ている教導ノ師や学生達は、こっそりと武器を持っている。
シャラが連れていかれそうになったら、すぐに守るという算段だった。
と、シャラが眉をひそめて、扉の方を見た。カヤンも唸っている。
「シャラ?どうし…」
シャラが、口元に人差し指を持っていき、無言で、静かに、と伝えた。
「外に…人がいます。」
驚いて扉の方を見た。
「なんで…分かるんだ?」
シャラは、つぶやくように言った。
「…人の気配がするのと…話し声が聞こえます。サリム先生がお連れしたのではないかと…。」
リューサは、息をするのも忘れて、シャラを見つめていた。
「王家って…そういう訓練とかもするのか?」
シャラは、首を振った。
「いいえ…」
随分間が空いてから、こう言った。
「母の影響なんです…」
リューサは、首をかしげた。
「母?リヨン女王のこと?」
シャラは、悲しげな目をしながら言った。
「ええ…母は、魔術ノ民でした。魔術ノ民は、自然と一体化して、放浪する民です。その分、周囲に自分たちがいることを知られてはなりません。だからこそ、人の気配などを、敏感に感じ取ることが出来るのです。」
扉に目を向けると、シャラは続けた。
「私も幼い頃…よく母に、気配の消し方と、気配の感じ取り方を教えてもらいました。母は、こう言っていました。『自然の声に耳を傾け、その自然の声とは違う音が聞こえた時、それは人が来ている合図。明らかに、人がいなかった時の空気も、変わってしまうものなのよ。』と。あの時は分からなかったけれど、今になるとよく分かります。少し、空気が違っているんです。」
リューサは眉をひそめた。
「…全く分からないけど…」
「最初は分かりません。何度も何度も試して、やっと分かるようになってくるのです。…私もそうでしたから…。」
リューサは、もう一度目を閉じてみた。
「ああ…たしかに…少しざわめきが聞こえるな…。今回のは、わかりやすい方なのか?」
シャラは、頷いた。
「はい。今回は、まだわかりやすい方です。ハジャレンとかだと、どんな時でも、どんな所でも、間違いなく気づきますが…私はまだまだですね。」
リューサは思わず笑った。
「何言ってんだ。お前がまだまだなら、俺はどうなる?底辺中の底辺じゃないか。」
シャラも笑顔になった。
「いえ…ハジャレンと比べたらってことですよ。」
リューサはすかさず言った。
「お前、比べる対象間違えてないか?」
確かに…と頷くと、リューサが、また笑った。
「らい…じゃなくて…ありゅーそん…だっけ?魔術の民って書くあの民族と、お前だと、さすがに向こうの方が、圧倒的に強いだろうな。」
シャラは、苦笑した。
「まあ…そうでしょうね…。」
リューサは、ため息をつくと、ぽつっと言った。
「幸せに…人生が進んでくといいんだけどな…。」
シャラは、ふっと微笑んで言った。
「こういう仲間に出会えただけでも…私は幸せです。」
リューサは、目を見開いて、シャラを見た。
シャラは、その顔を見ながら続けた。
「私はここまで、幸せだったけど、その反面では幸せじゃない部分もありました。いいえ、むしろ、そっちの方が多いと思います。けれど、こうやって素敵な仲間に出会えました。…もし、母と今でも暮らしていたら…スフィルと出会ったあと、リーガンが王にならなければ…きっとここに来ることもなく、リューサ先輩にも会えてないんです。そうでしょう?でも、私は今、不思議と幸せですよ。なぜかは分かりませんが…」
そこで、扉が叩かれた。
「…サリムよ。開けてくれる?王たちが、イシュリをご覧になりたいそうよ。」
シャラは、笑みを収めると、ぐっと口を引き結び、鍵に手をかけ、リューサを見た。
リューサは、小さくため息をつくと、静かに頷いた。
シャラも頷き返すと、鍵を開けた。
重い扉が、ゆっくりと開いた。
その瞬間、獣舎の中に、朝の光が一気に差し込んだ。
ずっと外に出ず、薄暗い獣舎の中にいたから、目がくらんで、咄嗟に目をつぶった。
耳元で、サリムの声が聞こえた。
「シャラ、落ち着くのよ。リーガンも、もちろんいる。そばには近衛兵が大量にいるから、逆上しないようにね。大丈夫。私とリューサがそばにいる。仲間がそばにいるからね。」
シャラは、頷いた。
目を開けると、リューサの方を見た。
リューサが、微笑んで小さくガッツポーズをして、大丈夫、と口を動かした。
サリムも頷いた。
シャラは、息を深く吸って、吐くと、扉の方に目を向けると、小さくため息をついた。
「リーガン」
真っ青な顔で、自分を見つめているリーガンを、シャラは冷淡な目で見ながら続けた。
「元気そうでなによりね。」
リーガンは、声を出すことも出来ないようで、小刻みに震えていた。
シャラは、冷ややかな笑みを浮かべて、こう言った。
「ようこそ、今の私の家、ウォーター学舎へ。」
重い沈黙が漂った。
あのマーサーですら、この沈黙を破ることは出来なかった…。