執着系上司の初恋
選ばれる人
華視点

ザーッ キュッ
シャワーの蛇口を閉め、湯気に包まれた浴室から出ると、ブルっと寒さに鳥肌が立った。
髪の毛をタオルで包みながら、最近の冴木課長との距離感について考える。

私が鋼鉄の仮面にバージョンアップした日、キラキラ女子に啖呵を切った私のとなりには冴木課長がいた。
人通りの多い会社入り口ロビーでの醜態は、女子社員に関わりたくない課長でさえ、嫌が応にも対応しなければならなかったのだろう。

(やってしまった。)私が一番感じた事。

課長の今まで聞いたことのない怒声と、隣から感じる威圧感に、その場から走り出し、キラキラ女子達の横でスライディング土下座をかましたくなった。
まあ、実際したら収集つかない事態になりそうだからしなかったけれども。

キラキラ女子達は川上部長がステキな笑顔で連れて行ってくれた。
なんだろう、あの笑みは美魔女の谷口さんと同類の笑みだと、私の本能が危険を察知した。
おかしいな、川上部長は優しく明るいイメージしかなかったのに。
私が川上部長になんとも言えない不安を抱いた頃、となりに立つ人の気配を感じた。

「すいません!」
となりにいた冴木課長に勢いよく90度頭を下げて謝る。
すいません、朝からこんな所で騒いで。
「課長の迷惑って何ですか?」なんて、この場合、私だろう!
キラキラ女子達と自分がいないところで、自分の事で一悶着起こすなど。
しかも、「課長のとなりにて恥ずかしくない装い」など、課長にすれば迷惑でしかないだろう。
ああ、きっと、凍りそうな目線で「君には関係ない」ぐらい言われてしまいそうだ。
バージョンアップ初日に出鼻をくじかれ、私は美魔女の谷口さんや前の職場の後輩にも謝りたくなった。
そんな時、

「おいで」
すごく優しそうな甘い声が私の耳を包んだ。
驚き、見上げると、
長身の背を少しかがめた課長が、私の耳に口元を寄せていた。

冴木課長のアーモンド型の瞳が優しく私を見つめ、口角を上げ微笑を浮かべていた。

至近距離でのイケメンのお声がけに、思わず鋼鉄の仮面が取れかける。
冴木課長の瞳の中に、動揺し、目を見開いた自分を見つける。

ち、近いです。冴木課長。
ドキドキドキドキっと自分の心臓の音が聞こえる。
苦しい、恥ずかしい、と混乱していると、冴木課長が私の背中に手を当てエレベーターまでエスコートされた。

(冴木課長、自社社員に会社のエレベーターまでのエスコートは不要だと思われますっ!)
そう心の中でツッコミを入れ、この心臓が壊れる前に、課長からそっと距離をとる。

しかし、課長は一歩距離を詰め、
「俺のとなりに立ってくれるんだろう?」
と意地悪げに片方の唇の端を上げつつ、からかうように言った。

「確かにそう言いましたけど!!」
私の目は恥ずかしさから涙目となり、大人気なく赤面しているだろう。
イケメンの攻撃に鋼鉄の仮面がするりと落ちてしまったのを感じ、自分の修行の足りなさを痛感した。


そんな事を思い出しつつ、
ドライヤーで髪を乾かしながら鏡で自分の顔を見ると、少し赤らんでいた。
「はあぁ。」
ため息が出る。
思い出し笑いならぬ、思い出し赤面か?
1人ツッコミつつ、イケメンはこれだから嫌なんだよとゴチる。

別に私はイケメンが嫌いなんじゃない。
ただ、お店で商品棚にディスプレイされた高級なグラスにわざわざ手を伸ばす事がないように、イケメンは他人事のように少し離れて見ていたい。自分が選ばれないと分かっているから。
私の恋愛経験は、さほどない。一番長く付き合ったのが元彼だ。学生時代の恋愛などせいぜい一年続けばいい方だった。恋愛の終わりは、自然消滅か、もう無理って言われたり、浮気されたり。
ああ、結局また選ばれなかったと思った。
その度、選ばれる人になろうと頑張るのに、結婚を考えた元彼にさえ浮気された。

私って恋愛に向かないのかな。
こんな私を愛してくれる人なんて、この世界にいないんじゃないか、ずっと一人で生きていくのか、
そんな孤独感が足首を掴み、足が地面に張り付いて動かなくなるような錯覚に襲われる。

お風呂上がりのはずなのに、寒さを感じた私は、自分で自分を抱きしめるように腕を交差させ、腕をさする。
薄暗くなった部屋の片隅で、膝を抱えて寂しさを感じながら母の帰りを待っていたあの頃から中身はあまり成長してないのかなんて苦笑し、
「疲れているときは、早く寝るべしっ!」
ままならない自分の事を考えるのを止め、お気に入りのふわふわ布団に身体を滑り込ませる。
さあ、明日のために寝なくっちゃ。








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