執着系上司の初恋
温もり 後半
華視点

気の重い打ち合わせを前に緊張していたら、また課長に手を握られた。
今度は、手首じゃなくて、手の甲。
そして、握りしめていた手のひらを強引に開かれ、指を絡ませられた。

なんか、すっごくエロいんですけど。。

イケメンは、経験値がずば抜け過ぎて、こんなスキンシップなど子どものおててを握るようなもなの?
だとしたら、私の心臓はいくつあっても足りないよ。。
緊張も吹っ飛んだころ、工場長と例の品質管理責任者が入ってきた。
どちらが、なんて聞かなくてもわかるほど、両極端な二人の登場だった。
白髪混じりの人の良さそうな笑顔を浮かべた小太りの男性は、
「いやー遠いとこよく来たねー。」とのんびり話しだした。
もう一人は、大きな身体で猫背気味。ガニ股でどすどすと大きな足音を立て近づいてきた。
そして、こちらを眼光鋭く一瞥し、ガタンと大きな音を立てパイプ椅子に座ると
「ふんっ。」という声が聞こえそうな表情で
「どうも、佐野だ。」と言った。

ひゃー。やっぱり怖そうな人だよ。
話せば分かるって何を分かりあったらいいんだよ!
もし佐野さんに道端で会ったら、私がそっと道をお譲りするタイプの方なんですけど。
私の内心はガクブルだったが、打ち合わせが始まると、さらなる恐怖が空間を支配した。

「お前ら、営業がちゃんとしねーから、契約切られるんだろうがっ!」
おっしゃる通りです。

「工場のせいだって言うのか!」
いえ、めっそうもありません。

「工場に顔出しもしないで、メールや電話で注文を押し付けやがって、こっちの話をろくに聞きもしないから、取引先にも愛想つかされんだよ!分かってるのか!」
はい、すみません。

佐野さんの酒がれしたハスキーな罵声は大音量で室内に響き渡る。
心の中で謝罪しながら、佐野さんの話を聞いていたが、最もなことを言っているとだんだん分かってきた。
だけど、こんな大きな声で怒鳴らなくてもいいじゃないかとも思う。
そんな時、隣で佐野さんの罵声に時折否定しつつも、相槌を打っていた課長がやっと口を開いた。
「そうですね。営業だけが忙しい訳じゃないですし、営業は工場には定期的に来て、製品について話すべきだと僕も思います。」
さ、さすが課長!
佐野さんが満足げにうなづいてますよ!

「そうなんだよ!忙しいのは、どこの部署だっておんなじだ。新規契約を取っていい気になったってな、その契約通りのものを毎日作り続けんのが俺たちなんだ。安全管理し、品質を保つために研究してるんだ。契約を取るだけじゃ会社は立ちいかないんだよ!」
佐野さんは想いをぶつけるように言った。

「同じ物を日々提供することは、決して当たり前じゃないですね。当たり前となる様に努力されたもの。だから、営業と工場、お互いに協力が必要ですね。」
課長がそう言うと、佐野さんはちょっと恥ずかしそうに頭をかいた。
「分かりゃーいいんだよ。」

そこから先は、難解な化学の話やら、おびただしい量の品番?改良版?他社の類似品?残念ながら私に理解できない内容が飛びかった。質問して、話を折るわけにもいかず、私はひたすら聞こえてくる言葉たちを手帳に書き留めた。

「おい、そこのねーちゃん!なにちまちま書いてんだ!」

ビクッとして、ペンを持ったまま顔を上げる。ねーちゃんとは私ですよね。
眉間にしわを寄せた佐野さんがこちらを見ていた。

や、やばい。なんか怒ってる?
人の話は顔を見て聞きましょう的な?
いや、小娘、少しは営業らしい事話せ!とか?

「すみません、勉強不足でして話についていけませんでした。なので、佐野さんと課長のお話しされていた事をメモしていたんです。」
正直に言うから、怒らないでくれ、、と願いつつ言うと、

「そんなもん、メモ取ってわかるわけねーだろ!せっかく工場に来たんだ。実物見て確認しろ!」

「はい!すみません!」
とりあえず謝る。
すると、課長と工場長がふきだした。

「俺は、真面目な奴は嫌いじゃない。あとは、冴木にでも案内してもらえ!」
佐野さんは、会議あるから!じゃあなっと嵐のように去っていった。

「ごめんね。加藤さん。びっくりしたでしょ?悪いやつじゃないんだけど、口が悪くてね。佐野はあれでも人望があるんだよ。曲がった事が嫌いだし。一度認めると可愛がるんだ。冴木君の事もすごく気に入ってるんだよ。まあ、最初は誤解される事が多いんだけどね。」
工場長の言葉に私はちょっと恥ずかしくなった。私も佐野さんを誤解してました。。

その後、工場内を冴木課長に説明を受けながらまわり、写メとったりメモ取ったりしたため、帰りの電車はぐったりだった。
でも、今日来てよかったなーなんて手帳を見ながら思っていると、

「今日、工場来てよかった?」
と隣に座る課長が話しかけてきた。

「はい。すごくためになりました。
それに、私佐野さんの事表面的にしか見ずに判断してしまって。」

「いや、俺だって最初はビビったよ。でも、話を聞くうちに顔見て話すのが大切だなぁってよく分かったんだ。」
確かに、工場に来て佐野さんと直接話さなかったら、分からなかった事がいっぱいだったな。
沢山書き込んだ手帳をもう一度眺めていると、ヒョイっと手帳を取り上げられた。
驚いて課長を見ると、

「頑張りすぎ。」

こちらに顔を近づけ、咎めるように言った。
距離感近いって思いつつ、いやでも、、と狼狽えていると

「目の下のクマ、ひどいぞ。」

課長が私の目尻を触りながら言う。
ブワっと顔が赤くなり、離れようとすると、強引に後頭部を掴まれ、頭を課長の肩に乗せられた。
ポンポンとあやすようにされ、
「今は、少し休め。ひどい顔してとなりにいられると、俺が人でなし上司みたいだろ。」
ちょっと笑いながら言っている。
いやいや、ちっとも面白くないから。私の心臓はどっきどきだ。
課長、なんか甘いよ。すごく甘い。
これ、通常運転なの?
これときめいちゃうよね?
私は心の中で誰かに聞いた。
返事はないが、たぶん世の中の乙女は同意してくれるはず。。
イケメン恐るべし。
トキメキスキルを常備してるんだな。
課長のとなりは、心臓を鍛える修行が必要なんだ。私、まだまだ未熟者です。
そんな事を考えていたのに、窓から差し込むオレンジ色の夕日の暖かさと、課長の温もりを感じ、睡魔に勝てず瞼がとじてしまった。最後まで、ダメだ、負けるな、私!と理性は訴えたが、課長から少し香るバニラの香りを感じつつ眠りについてしまった。

冴木課長視点

彼女は10分もしないで寝てしまった。気づいてないようだったが、工場を出てから何度かあくびしていたし、目も赤くなっていて明らかに眠そうだった。
なのに、また手帳を開くから取り上げたんだ。クマなんて酷くないけど。
寝息を立てる彼女は、髪が顔にかかり耳が髪の隙間から見え、首筋から鎖骨までのラインがなんとも艶めかしい。
つい、人差し指でそのラインをなぞる。
ピクリと彼女が動いて驚いたが、目は覚まさなかった。ほっとして、彼女をもう一度見ると、すやすや気持ちよさそうに寝ている。
自制心、自制心、自分に言い聞かせる。彼女の信頼を裏切らないように。。
いつか、彼女は話してくれるかな。仮面を武装してた理由を。俺にしょうもない過去があるように、彼女にもそれなりの過去があるんだろう。彼女が話してくれたら、優しく聞いて今日みたいに甘やかしてあげたいと思った。



< 30 / 45 >

この作品をシェア

pagetop