執着系上司の初恋
必要とされるもの
どうにか、着任一週間が過ぎた。

金曜の就業時間を過ぎ、明日は土日。

「乗り切った。。。」何よりもその一言に尽きる。

初日、佐々木さんより前任者の担当契約案件を50件ほど見せてもらい、一つわかった事。

「こいつ、働いてねーな。」

毎月の請求書、営業先の訪問報告書はこれコピペしてるだけでしょってすぐに分かった。

また、金額の変更や、納期の変更などがあると必ず、対応者が冴木課長に変わっている。

そこから推測されるのは、営業なのに顧客への訪問はせず、オフィスに陣取り、そのくせ、電話も出ず、顧客からの依頼を報告、伝達していなかったってこと。

前任者の佐藤係長が2課に来たのは、一年前。佐藤係長の担当案件は、普通にすれば毎月お金が落ちてくるようなドル箱案件が多い。だから、この会社での営業に不慣れな私でもどうにかなると決められたに違いない。
佐藤係長が在任の間に、契約破棄になったのは10件ほど。
これがどんな数字かと言うと、破棄された契約を5年ほどさかのぼって資料を確認すると、5年よりずっと前から取引のある懇意にしていた取引先が5件ほど、残りは、短期契約を繰り返している取引先の為、佐藤係長が原因とは言えないのかもしれない。でも、契約終了後、例年通りであれば、半年と開かず契約があるはず。契約が切れて既に9ヶ月。これは何かあると考えたほうがいいだろうな。

頭の中で、考えを巡らす。
さて、どうやって挽回するか。
そう思いながら初日を終える




着任2日後から、メールで顧客先に担当者が変わった旨を伝える。
初日から感じた視線も相変わらず続いているが、気にしている余裕もないので無視。
契約書の書き方や取引先の事、工場の担当者に電話で挨拶など初めての事ばかりで、メモを取りつつ課長にも教えてもらう。
まあ、若干離れ気味な位置から鉄仮面をフル装備してたけど。

着任3日目、大口案件へのご挨拶に冴木課長と伺う事に。課長は出先からの直行のため、現地集合、そして現地解散とのことで指示が出ていた。
そうですよね、女子社員と行きも帰りも一緒なんて気詰まり感半端ないですよね。私も同感です。

待ち合わせ時間10分前、私は身支度を整え、余裕を持って待ち合わせのビルの前に着く。
大口取引先は、一部上場企業の本社な為一階フロアはカフェも併設し、ちょっと仕切られたスペースもあり商談や、待ち合わせに使い勝手が良さそうだ。

きらびやかなフロアの中、視線をめぐらし、目当ての人物を探すとすぐに見つけることが出来た。
冴木課長は窓辺の四人用のテーブル席にゆったりと腰をかけ、経済誌を読んでいた。目の前にはコーヒーが置かれ、日の短くなった冬の日差しを受け、なんだかそこだけ別世界の様です。

だめだめ、見とれていては職を失います。
あれはガラスの食器、そうだな、なんだか高そうだからバカラのグラスだと思おう。触って割ったら大変、必要以上に近付いてはいけません。

コートを脱ぎ腕にかけ、ゆっくりと課長に近づく。ソファ席から50センチほど離れた斜め前で止まる。
勢い良く行くと逃げられそうだからね。
「冴木課長、お待たせしました。」
そう声をかけると、冴木課長が顔を上げ、、、、

固まった。

ん?なんかおかしいところあったかな。今日は顧客先への挨拶だと聞いてたから、ベージュのスーツに、インナーはちょっと綺麗目なヒラヒラ白シャツを着ているのですが。
もしかして、ひらひら気に入りませんか?
それとも、いつもより色目の濃い化粧のせい?営業としていくなら隙のないメイクが必要かと思ったんだけど。
はらはらしながら課長のお言葉を待っていると、、

「、、あー、えっと、、もう行くか。」

冴木課長は、コートを落としながら立ち上がったので、

「あ、コートっ、、」と、落ちるコートに手を伸ばそうとしたら

「だ、大丈夫だからっ」ってコートを引っ掴んで歩き出した。


えっと、差し出した私の右手はどうしたらいいんでしょう。

バカラのグラス、触るな危険。

ガラスは割れるとケガするからね。



冴木課長と取り引き先へ伺い、鈴木部長と担当者の井上さんに挨拶する。
「後任の加藤です。よろしくお願いします。」
丁寧にお辞儀し、微笑を浮かべる。多分、私の年齢的に頑張るっていうのも変だし、専門的な事聞かれても困るし、余計な事は言わない方が良いだろうな。

「美男美女が並ぶと、迫力あるねー。」
気安くお世辞を言う鈴木部長と、黙り込んでいる同世代と思われるメガネ男子井上さん。
まあ、私のことなんて知らないし、世間話ってとこだな。

「冴木君は仕事もできるし、見た目も申し分ないからね。下についてよかったね。」
いやいや、社内女子には塩まいてますよ。私も同じく。。。
まあ、私も大人ですから、、

「課長の元で勉強させて頂くことは、とても光栄な事だと思っています。」
にこやかに告げる。本心とは真逆だがな。

にこにこする取り引き先部長の横で、メガネ男子が一言。
「そりゃ、こんなイケメンと一緒にいたら、女子は楽しいよね。」

ほほう、メガネ。ケンカしてえのか。
こんな時こそ、笑顔の鉄仮面を深くかぶる。
自分史上最高の笑顔で喧嘩を買ってやる。
「井上さんは(メガネの名前)課長の外見に見惚れてしまうんですね。わかります。その気持ち。ですが、私は残念ながら、冴木課長の迅速な判断と、的確な指示、その仕事ぶりについていくのに必死でして、見惚れる余裕が無いんです。」
わかる?私が言いたい事?
仕事とイケメンは別だから。私、お一人様人生かかってますから。


「くくっ。あははは。いやあ、君いいね。面白い。さすが、川上くん推しだなあ。」
取引先部長は、爆笑しながら、あの人事部長の名前を出した。

「人事部長をご存知ですか?」
なんで、笑うんだろ?

「川上は元々営業で、うちの会社担当でさ。その時の担当者が僕でね。川上推しの新人行くからーなんてメール来たら、課長押しのけて僕が来ちゃったわけ。いやー今日はいいもん見れたわ。」

そうですか、私良かったですか?
まあ、おじさん受けがいいのは確かだけど。。。

「冴木くん、いい部下来てよかったね。きっと、君にも必要な経験だ。」
そう言う部長はなんだか優しい笑顔だった。




定時に上がり、電車に揺られながら、取引先部長の言葉を思い出す。


必要な経験?

女子に塩まく以上の事ってなんだろう。。













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