執着系上司の初恋
不意打ち 前半
俺にとって苦渋の末、課に来てもらった加藤は、当初の懸念など今のところ必要なかったように思える。

初日、管理部門から無理やり連れてこられたにも関わらず、黙々と資料を読み込む姿や、指示はメモ帳片手に聞くのも好感を持つ一つだ。同じ質問をしない様、必死に書き留めている。そっとメモ帳を覗くと、そこには綺麗な字がびっしりとならんでいた。

これが、もし男だったら、宮本のように可愛がっていたかもしれないと思う反面、俺に対して、普通、、いやスルーな事が一番好感が持てると思う時点で、加藤との距離感はきっと今が一番いい。

派遣歴が長く、そろそろ契約社員にとの声もある佐々木女史の話では、加藤は初日の内に前担当者の佐藤係長の怠惰さや、俺がフォローしきれず取りこぼしてしまった契約状況などを正確に把握していたと言う。

うーん、なかなか優秀だな。確かに広報でも実力を発揮していた様だけど、営業にと、人事部長が推したのは、彼女の能力を見抜いていたのか。
あの、一見いい加減のように見える人事部長は実はキレキレの人物だというのは上層部では有名だからな。
自社製品や、工場のやりとりなど学ばせるべき事はまだまだあるが、久々に掘り出し物に出会った気がする。

俺はそんな事をつらつらと考えつつ、加藤を大口取引先に後任として顔見せの為、現地で待ち合わせたカフェで休憩していた。
そろそろ来るかと思っていると、計ったように加藤の落ち着いた声が聞こえた。
女の甲高い声って頭が痛くなるから、加藤の声は好ましいなんて思いながら顔を上げて、、、

固まった。

そこには隙のない美女がいた。

彼女を初めて見てから3日目だが、地味なスーツに、髪を後ろで一本に縛り薄い化粧をした印象しかなかった。

しかし、目の前の彼女は、結んでいた髪を下ろし、片方の耳に髪をかけ、切れ長の瞳が際立つようなメイクに色味のあるリップに彩られた唇はほんの少し笑みを作っていた。
ちょっと青白くて、不健康そうにも見えた白い肌に良く映えている。
服装も、明るいベージュでウエストがくびれ、腰にフレアが広がるジャケットにめちゃ細身のスカートを着こなし、隠れていたくびれが出現している。
いつもより高めのヒールで、ふくらはぎの筋肉から足首へのラインはベージュのストッキング越しにも艶かしさを感じられて、、、そう、いかがわしい事がしたくなる清廉な色香が。。

あ、見過ぎて不自然だ。
と脳が意識したのは、加藤が俺の視線に不審感を抱き、いつもの動かない表情筋が焦った表情を作り、キリッとした瞳が不安そうにこちらを見つめているからだ。
その表情さえ余計にそそる。

「あー、えーっと、、」

使い物にならない頭は、何を言って良いのか混乱して言葉に詰まる。焦れば焦るほど言葉が出ない。

「今日はエロくて、いい」
「ウエスト細いんだね」
「髪下ろした方が似合う」
「足首たまらない」、、、
浮かんできた言葉は到底社内女子に向けた言葉じゃない。
どこのセクハラ親父だ。

「、、もう行くか。」
絞り出したギリギリの正解に、男36才、こんなんでどうすると情けなさを感じながら立ち上がった。

「あ、コートっ。」
彼女が俺が急に立ち上がったせいで、隣の席に置いてあったコートがずり落ちたのに手を差し出し、距離を詰めてきた。
初めて、彼女の香りを感じる距離間。腰を屈めた彼女の髪の毛がサラッと肩から滑り落ちる。

「、、、っ!」

、、瞬間的に手を出しかけて、、っ!!?
ぐわっと、何も掴むもののない手のひらを握りしめて引っ込める。

俺は何を掴もうとした??

焦って力任せにコートをわし掴み、取引先の応接室目指して、大股でズンズンとエレベーターに向かう。

停止階のボタンを押し、一見この後の商談について考えをめぐらしてるよう眉間にしわを寄せているが、頭ん中はとっちらかっていた。

やべえ、こんなところで、部下相手に俺は何してんだ。
冷静になれと自分に言い聞かせる。
地味だけど、好感を持った部下が実はなかなか好ましい外見だったってだけ。
近づいたら、なんかいい匂いがしただけ。
不意打ちにちょっとやられただけだ。

「ふー。」

少し冷静さを取り戻し、最近とんとご無沙汰だったのを思い出した。
ああ、佐藤のせいで、最近忙しくて女日照りもいいとこだ。溜まってるんだな。
今日は帰りに後腐れなく発散させるかとゲスな事を考えていたら、取引先の応接室に着いた。

しかし、担当者とともに入室してきたのは予定していた課長ではなく、本部長と、担当者。
多忙な部長がこんな顔見せだけの打ち合わせに来るのも驚きだが、俺は先ほどの動揺でひとつ失敗を犯した。
営業として、基本的な事。自分の失態に心の中で舌打ちする。
この担当者には前任の佐藤が迷惑をかけているから、こちらの印象があまり良くない。担当者自身もちょっとイヤミな奴だ。そこは営業として、相手先の事は事前に情報共有しとくべきだった。






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