そのなみだに、ふれさせて。
「電話を受けたお前が本当に焦って出て行ったのを見て、少しだけあきらめたらしい。
……あいつは未だにお前が、のらりくらりと遊んでいると思っていたからな」
「………」
まあ焦ってたけど。
瑠璃と付き合う前まではふらふらと遊んでたのも事実だけど。
「大切なんだろ?
葛西の名を、簡単に捨ててしまえるほどに」
「……はい」
「なんだかんだ、あいつもお前が跡継ぎであることを認めてるんだ。
……ああいう性格だから、難しいけどな」
それはどうかと思う。たとえば自分に子どもがいたとしたら、奥様は俺なんて気にもかけないはずだから。偶然にも、俺しかいなかっただけ。
俺は別に葛西の名前なんて欲しくなかった、なんてそんなこと、言わないけど。
「瑠璃、」
ふたたび、ひとりになった縁側で。
その名前を小さくつぶやいて、スマホを取り出す。
画面を撫でて連絡先を開き、電話を掛けて耳に当てれば。
数コールのあとに、『はい』と短い返事。
冷静すぎるそれに、感情の水面がほんのすこし波打つ。
どうして平然としていられるのか声を上げたくなったけど、ここが静寂に包まれた葛西邸であることを思い出して、俺も冷静さを保った。
「……どういうつもり? 会長」
『……麻生から聞いたのか』
「人の彼女に手出すなんてタチ悪いよ?」