そのなみだに、ふれさせて。



「ほづみちゃん」



変に尾を引くだけだ。

いびつになった形は元にはもどらない。修正したってその爪痕は残るし、綺麗になんて、できっこない。……できたとしたらそれは、偽りの姿だ。



どうしたって、元には戻せないの。



「確かにわたしはみんなに大切にされてる。

愛されてることだって、言われなくても知ってる」



「なら、」



「だけど。

わたしがいちばん欲しいもの、何だと思う?」



ソファから立ち上がって、彼女の前まで歩み寄る。

当たり前のように会長の隣に座る彼女。つい数日前までは、この学園に存在すらしなかったのに。特別扱いを受けて、役職は会長代理。




歴代生徒会役員で、その地位を持つ人のほとんどは、会長の彼女だ。

もはや会長の特別な女の子にしか、その席は与えられない。



「過去に味わったしあわせ。

……誰もが望むその当たり前を望むことも、わたしは許してもらえないの?」



「だから、そういうのが悲劇のヒロインぶってるって言ってるの。

ならわたしの家の事情を説明してあげようか?知ってるでしょう、うちが御陵組っていう極道なの」



知ってるから、誰も文句を言わない。

特別な事情には、逆らえないから。



「どうあがいたって、わたしは綺麗な世界で生きられない。そういう家に生まれたから。

……結婚だって、自分の大切だって想った相手じゃなくて、決められた相手としかできない。その相手に選ばれたのが雨音よ」



「……それは、違うでしょ」



こぼれた声は意外にも落ち着いていた。

視界はゆらゆらと揺らいでいるのに、思ったよりもはっきりした声色だったせいで、彼女は一瞬だけ眉を動かした。



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