そのなみだに、ふれさせて。



どうなるっていうの。

わたしは椛のお父様にお会いしたことはないけれど、椛や呉羽と関わる上で、幾度となく彼等の父親の話を聞くことはあった。



でも何度聞いたって、ふたりの女性と関係を持っていただなんて、信じられなかった。

それくらいにまっすぐなイメージだった、ずっと。



従業員のみんなに優しくて、家族みたいな会社を築いてるんだって、椛たちは話していたから。

わたしのイメージはあながち間違っていないと思う。



なのに。……そんな、必要とされるべき人が。

どうして、こうも不幸な目に遭うんだろう。



世の中は平等だなんて言葉、信じられなくなる。

「終わり良ければすべて良し」なんて言葉があるけれど、その終わりにたどり着くまで、何度も苦しむ人もいる。



それなのに、終わりがよければいいだなんて、どれだけ無慈悲なんだろうか。

人の哀しみは絶対に違うから、同じだけの哀しみや苦しみを味わって、同じだけの楽しさや嬉しさを知るだなんてこと、絶対にできない。



だから、怖い。

怖くて、でも、そこにあるつながりが希望へと向かっていくとき、人は幸せになれるから。




「……現状、この数日内でもう既に仕事が減ってる。

金が盗まれたってだけでもデカい損失だってのに、その犯人が社内の人間とくれば、評判は瞬く間に落ちていくだけだからな」



「そんな……」



「でも、社長のお前なら分かるだろ。

契約している立場だったら、たとえそれ以前の行いが良かったとしても、」



セキュリティの甘さや、従業員たちへの対応。

社長という責任を負う立場である以上、わたしだってもしその企業と契約している身なら、自身の企業の安全のため、切り捨てる必要だってある。



今までそんな思いをしなくて済んだのは、わたしが社長に就任したとき、すでに8プロには絶対的な枠組みが出来上がっていたからだ。

よっぽどのことがなければ、潰れたりはしない。



そして前社長が築いてきた人間関係のおかげで、わたしの下には腕の良い人間が揃う。

恵まれた環境だった。どうしようもなく。



だってきっと、わたしだけじゃ、何もない場所からのスタートなんてできなかっただろうから。

恵まれてきた環境に隠れていた現状は、こんなものだ。



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