そのなみだに、ふれさせて。



「男って、」



「早ぇ話、浮気してたんだろうな。

……これはあくまで俺の勘だけど、たぶん青海さんは二度ともどってこねえよ」



「っ……」



「最低なことを言うなら、良い機会だと思ったんだろ。

家に貯めてた金もなくなったし、そのことでちょくちょく青海さんは母さんと揉めてた。……だから、全部捨てて寝返った方が早いって」



淡く揺らめいているのに、まっすぐわたしを見据える瞳。

こんなときでさえ椛は、強くあろうとする。



「……父さんがそれ書いて提出したから、形式上は離婚したことになってる。

ただ、そのせいで、瑠璃が落ち込んでる」



当たり前だ。

いきなり自分の父親の会社がなくなるってだけでも気持ちに動揺があるのに、そこに母親が男と家を出ていったとなれば、そう簡単には立ち直れない。




「南々先輩……お願いがあります」



普段、業務中は「社長」とわたしを呼ぶ呉羽が、昔馴染みの呼び方を用いる。

そして。一度まぶたを伏せてふっと息をついた彼は、ふたたび視線を絡ませると、真剣な瞳で。



「瑠璃と翡翠を……2年間。

いえ、せめて1年でいいので預かってもらえませんか?」



「……1年?」



「はい。瑠璃と翡翠は来年受験生です。

父さんは精神状態があまり良くないので、話し合った結果、しばらく自分の実家である田舎に帰ることになりました。それで、」



ゆっくり言葉を紡ぐ彼が、昔の椛にかぶって見えた。

椛がわたしに家族の話をしてくれた、あの夏。



彼はどんな形であれ、弟妹たちが大事なんだと言っていた。

……そしてそれは。呉羽だって、同じだ。



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