そのなみだに、ふれさせて。
翡翠が、彼の部屋として用意した自室に荷物を片付けている間。
そう言ったわたしに、返事をしなかった瑠璃は、顔をうずめたまま泣き出した。
彼女は落ち込んでいたけれど、泣いていたとは3人の口から一度も聞かなかった。
ずっとひとりで、我慢していたんだろう。
自分よりずっとつらい立場に、兄がいること。
長男という重圧に、『麻生』の姓を継ぐことが出来なかった椛へ心なしか兄妹たちが抱いている罪悪感。
板ばさみにされながらも、椛はそれに耐えてきた。
そしてそんな兄の背中を見ながら、自分たちのために尽くしてくれる呉羽の存在。
さらに隣には、ずっと肩を並べてきた双子の兄。
3人の苦しみをわかっているからこそ、瑠璃は泣けなかった。泣いちゃいけないって、追い詰めて。
「椛たちに兄としてのプライドがあるなら、
瑠璃には瑠璃の、プライドがあるものね」
言えば彼女は、顔を上げないままうなずく。
ぐすっと鼻を啜る彼女の髪を優しく撫でていれば、しばらくして瑠璃は「南々ちゃん」と小さくわたしを呼んだ。
「迷惑かけて、ごめんね……」
「……迷惑だなんて思ってないから、謝らないの。
謝らなくて良いから、瀬奈と、この子の面倒見てあげてね」
「うん。……たくさん面倒みるよ」
ふわりと、瑠璃が笑ってくれる。
泣きじゃくったら少しは安心したのか、さっきよりも随分と落ち着いているようで。もどってきた翡翠に、「何があったの?」と問われたけれど。
「ひみつ」
瑠璃が涙を見せたくないのなら、泣いたことは言わなくてもいい。
泣きたい時は、わたしがまた抱きしめてあげればいい。
大丈夫だよって言って抱きしめてくれるはずの母親が。
もう瑠璃には、いないんだから。