そのなみだに、ふれさせて。
何か言いかけたはずの会長が、それ以上言葉を紡ぐことはなく。
階段をおりるふたり分の足音だけが、静かな校舎に響いた。
王宮学園、C棟。
別名、生徒会棟とも言われるこの校舎は、名前の通り生徒会役員のみ使用が許されている隔離された場所。
専用のカードがなければ立ち入ることすらできない、閉塞的な空間。
まるで城のようなこの学園に立つ、塔。
「おかえりー」
結局最後まで会話せずに階段をおりると、1階の最奥にあるリビングの扉を開いた。
ここはいわゆる生徒会室的な役割を果たしているのだけれど。ちょっとお金持ちの人が住んでいる家のリビング、的な造りだ。
大きな液晶テレビが一台。
その液晶テレビと二人掛けソファ3脚で、テーブルを囲むような形になっている。
わたしの席は入り口から最も遠いソファの左側。
隣に座るのは、いま「おかえり」を言ってくれた彼、2年生で会計担当の葛西 紫逢先輩。
「ただいまです」
短くそう言って、葛西先輩の隣に座る。
そんなわたしの頭を撫でた彼は、満足そうに色の違う双眸を細めてみせた。
ふわふわの猫っ毛は、プラチナゴールド。
花のように美しいヴァイオレットと、澄んだマリンブルーの瞳。明らかに特殊な容姿のこの人からは、なぜかいつも透明な和の香りがする。
「麻生は本当にかわいいね」
オッドアイかと思いきや、彼の瞳の片方はカラーコンタクトらしい。
だから元の瞳の色彩はどちらか片方なのだけれど、未だにどちらなのかは教えてもらえない。
教えてもらえないと、いうか。
「……さりげなく顔近づけないでください」