そのなみだに、ふれさせて。
◆
「ね、ねえ。翡翠。ほんとに断るの?」
「断るも何も……
校則でダメって言われてるんだから仕方ないよ」
「そ、そうだけど」
数日前までひらひらと美しく舞ってみせた桜は、地に落ちて無数の足跡に踏まれている。
そんな風に誰もがいつかは朽ちていくことを知っているはずなのにどこか切なくなるのは、まだわたしが子どもだからだろうか。
一歩前を往くわたしの双子のお兄ちゃんは、真っ黒な扉の前で足を止めた。
薄汚れた『生徒会棟』のプレートがかかる真っ黒な扉。頑丈なセキュリティが施されたそこは、許された人しか入れない場所。
その扉の右側の壁にあるインターフォン。
それを何の迷いもなく押した彼に、わたしは目をみはるけれど。
押してしまったのだからもう仕方ない。
慌てて声を上げたところで、向こうに連絡はいってしまっているんだろう。
『はい』
ほら、返事かえってきちゃったし……!
「1年の麻生です」
「あっ、同じく1年のあそ……特進の麻生です。
すみません急に押しかけて……」
男の人の声だったけど、相手はたぶん、あの優しそうな副会長さんだ。
昨日翡翠を指名したとあって、彼も名前を覚えていたんだろう。『どうぞ』の一声のあと、扉の鍵が内側から解錠された音が聞こえた。
『廊下をまっすぐ進んでください。
いちばん奥の部屋で、お待ちしていますね』
そう言って声が途切れたかと思うと、翡翠が黒い扉に手をかける。
先に入って扉を開いてくれているからそろりと足を踏み入れれば、中はどこかほかの棟と違う感じがした。