Miseria ~幸せな悲劇~
「そして最後に、どうしても直接伝えておかなければならないことがあります」
そう言って魅郷はポケットからペンとメモ帳を取り出すと何かを書き始めた。
「これについてはまだ誰にも話さないで下さい……」
やがて魅郷はペンを止めて、メモ帳の紙を切り取り教師に渡した。
教師はそのメモ書きをみて目を見開いた。
「これは、前おまえが話していたあの生徒の名前か?」
教師の額から汗が滴り落ちた。
朝比奈朱実(アサヒナアケミ)
魅郷のメモ書きには達筆な字でそう書かれていた。
「……はい。その名前を決して忘れないでくださいね」
魅郷はそう言って生摩の顔に唇を近づけた。抵抗する間も無く、生摩は追い詰められる。
「魅郷っ、おま……」
生摩の言葉を聞かず、魅郷は生摩にキスをした。唇から深く探られるような熱いキスだ。生摩は目を閉じて魅郷を抱いた。
教師という立場からくる背徳感と、甘いキスの味が混じり合い妙な高揚を覚える。すると魅郷は唇を離して生摩の顔をジロジロと見つめた。
「これで満足ですか?」
「えっ……?」
魅郷は生摩のネクタイを握りながら言った。生摩は魅郷の言葉が理解できずにいた。
「だから、もうこれで寂しくないですよね?」
魅郷はそう言うと教室の出口の方へ向かい歩き出した。生摩はいまだに信じられないという様子で魅郷を見ていた。生徒とキスをしてしまった。まだ今年から教師となったばかりなのに。
「では私はこれで……」
魅郷は教室の扉の前で軽く会釈をした。
「ま、待て、魅郷!!」
生摩は咄嗟に魅郷を呼び止めた。