Miseria ~幸せな悲劇~
「……なんです? もうこれ以上は頼まれてもしませんよ?」
魅郷は指でばってんを作り唇の前にかざした。
「いや、そうじゃなくて……」
たしかに突然のキスに驚いたことは事実だ。しかし、それ以上に生摩は喰イ喰イに立ち向かおうとする彼女を見過ごすことができなかった。
これが魅郷の命を救う最後の機会かもしれない。
彼女の言動と自分にしたキスからそんな予感がした。しかし、魅郷を行かせなければ、喰イ喰イを止められる者がいないのも事実だった。そうすればまた多くの生徒が喰イ喰イの犠牲になる。
「はは、優しいですね。先生」
そんな教師の心情を魅郷はあっさりと見透かしたのだろうか。少し嬉しそうに笑った。
「でも心配は無用です。私は勝ちます。必ず生きて帰る自信があります。だってまだ私にはやり残したことが、やりたいことがたくさんありますからね」
「……魅郷」
「私を信じて待っていてください。ほら、今度、遊びに連れていってくれるって約束したじゃないですか? 私、寄生虫博物館に行ってみたいんですよね……」
魅郷は強気な言葉を口にした。しかし、それとは裏腹に、彼女はどこか寂しそうな雰囲気を醸し出していた。
魅郷はそれからすぐに教室を去った。彼女の独特な雰囲気のある後ろ姿を生摩はただジッと見守った。
魅郷が帰ってこれたら。
生摩は唇を触れてあのキスの感覚を思い出す。教師としてあそこまで引き込まれるような思いを抱いたのは初めてだった。