Miseria ~幸せな悲劇~
しかし、そのヒールの音に一人、違和感を覚えるものがいた。
物陰に潜みながら固唾を飲んで入口のドアを見守るメイと詩依であったが、彼女達の怯えた表情とは対照的に、裕希の表情はなぜか少し嬉しそうだ。
「……祐希?」
祐希はまるで隠れる素振りを見せず、入口のドアの前まで歩いていった。
ドアのガラス越しにすぐそこまで近づいてきた黒い人影が揺れ動く。
「………」
その者の姿までははっきりと見えなかったが、どうやらドレスを着た女性のようであった。
「ねぇ、何でよバカ…」
祐希はその人影に向かって語りかけた。
「一体、どうしたのよ、裕希?」
突然の祐希の行動に、詩依は不思議そうに尋ねたが、裕希はその言葉にまるで聞く耳をもたなかった。
「………」
祐希の声に黒い人影はゆっくりと鬱々しく頭を落とした。
そんな人影にむかって裕希は涙混じりの声で語った。
「……いるんでしょ。そこに。私には、私には分かるよ。だって……ずっと、ずっと私の側に、あなたはいてくれてたから……」
「まさか……」
メイは身を乗り出してガラス越しの影を見つめた。そこに現れたのは赤髪で見覚えのある顔だった。
「あなたなんでしょ、美花………」
「……!!!!」
誰よりも、美花の側にいた祐希には分かっていたのかもしれない。その足音の正体を。
美花の足音を。