Miseria ~幸せな悲劇~
「勝ったんだね、私達……」
メイはぼんやりとした表情で言った。
「ええ、私達はあいつの呪いに打ち勝てたのよ」
詩依は電話をする祐希を見つめながら答えた。
夜の冷たくて暗い、静かな空気が辺りを支配する。
そんな夜の情景の中で、凪瀬高校の校舎は平穏と佇んでいた。
「学校はあんなことがあったなんて思えないくらい静かだね。今までと何も変わらない、まるで……」
メイは白い校舎を見上げながら詩依に言った。
ここにくるまでに職員室や校長室をメイ達は確認したが、そこには家庭科室と同じく、人形や喰イ喰イと争った跡がまったくなかった。
「まるで、私達が喰イ喰イと戦ったことが、全部、悪い夢だったみたいだよ…」
「………………」
そんなメイの言葉を聞いて、詩依は静かにブラウスのボタンを1つ外した。
「いいえ、夢なんかじゃないわ」
「あっ…!」
詩依の首元にはうっすらと何かで絞められたような青い痣があった。
それは詩依が家庭科室で喰イ喰イによって糸を絞められた際にできた痣である。
電話をする祐希の方をみると、彼女の首にもうっすらと青い痣があった。
あれは夢じゃなかった。全部、現実にあったことだった。
「それに、もう二度美花は戻ってこないし、私の体も、一生治らないわ…」
詩依の言葉に、メイは手につけていた美花の髪留めに触れた。
たしかに、もう二度と……
もう二度と、この髪留めをつけた元気な美花の姿を見ることはない。
一緒に廊下を歩くことも、甘いものを食べることも、授業を受けることも、喧嘩をすることも、仲良くすることも………もう二度とない。
詩依もあったであろうたくさんの可能性を奪われ、心臓の病気を一生背負って生きていくことになる。
それらは例え喰イ喰イを倒そうとも決して変わることのない運命である。