Miseria ~幸せな悲劇~

「…………」


美花は終始何か考え事をしている様子だった。話しかけても適当な返事しかしない。いつもよりずっと口数も少なかった。そのまましばらく二人で歩くと、


「……なぁ、メイ」


美花はぽつりと呟いた。


「何? どうしたの?」


メイは夕焼けの赤い光を浴びた美花の横顔を見つめた。


夕日の逆光ではっきりと表情は見えなかったが、その目はぼんやりと空を見つめていた。


「もしもさ……本当に喰イ喰イって神様がいて不幸を食べてくれるなら、それって、どんな不幸でも食べてくれるのかな……」


「えっ……」


美花の声が少し震えていた。それがまた、あの才能に関する不幸のことを指しているとはメイには思えなかった。


少しだけ、メイに本音を打ち明けるかのように、美花の声には、何とも言えない深みを帯びていた。


「例えばだよ。どうしようもない理不尽とか、受け入れるしかない運命も……覆してくれるのかな? 神様ってやつは……」


「…………」


メイは俯きながら考えを巡らせた。思えば、美花からこれほど真剣に悩みを聞かされたことは、これが初めてだったかもしれない。


いつも美花は、どんな問題でも一人で解決し、誰かに力を借りることはなかった。それどころか、美花は祐希をはじめ、時にはメイの力にもなってくれた。


そんな美花がはじめてメイに覗かせたわずかな弱さだった。メイは数学の答案を作成するようにあれこれと返事を模索した。


しかし、最後に導いたのは、直感によるメイの本音だった。


「どうだろね……私はこれでも、運命って言葉は信じてるから、だから試練みたいな形で、どうしても受け入れなきゃならないこともあると思うよ」



メイは顔を強張らせながら言った。


「……そっか、メイらしいな」


美花は鞄をもつ手を強く握りしめた。以前として美花は空を眺めていた。


「だけどね……」


メイもまた、静かに空を見上げた。美花も見ているであろう赤い空の景色だ。


あれは燕だろうか。広大な赤い空の海を旅する船のように、燕は縦横無尽に高く飛んでいった。


「……人として、精一杯努力したならさ。救ってくれる神様がいてもおかしくはないんじゃないかな……例えそれが、どんな不幸でも…………きっと、奇跡だって起こるよ」


美花はようやく空から視線を移して、メイの顔を横目で見つめた。


それとほぼ同時に、メイも美花に視線をぶつけた。二人の視線が宙でかち合った。


「…………」


夕日が光を反射しながらゆっくりと地平線に沈んでいく。そして光を失った町中には、やがて暗闇が満ちていった。赤から黒に、町は衣装を変えた。
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