Miseria ~幸せな悲劇~
「美花さん、ちょっと失礼するよ」
白衣を着た背の高い医者が風花の病室に入ってきた。
「先生……どうかしたんですか?」
その医者は風花の担当医だった。美花は神妙な面持ちの医者に嫌な予感がした。
「……風花さんについて、お父さんとお母さんからもお願いされていてね……美花さんに話しておかなければならないことがあるんだけど、少しお時間を頂いてもよろしいかな?」
淡々とした口調で風花の担当医は言った。その言葉から、美花は容易に最悪の事態を連想させた。
「……は、はい」
美花は不安げに返事をすると、医者に連れられて風花の病室をあとにした。
「…………」
美花が病室を去ったあと、風花は小さく息を乱した。まるで溺れる者が命がけで水面から顔を覗かせた時のように、弱々しく、それでいて、必死とした呼吸だった。
別室に移動した後、美花は医者から長々と小難しい説明を受けた。そのほとんどを美花は呆然と聞いていたが、話の要点はなんとなく掴めた。
要するに、美花が医者から告げられたのは、風花の命の終わりに関することだった。
言い換えれば、風花の生命維持装置を外すことだ。
全ては美花の両親も同意の上だった。風花の臓器を必要とする者に明け渡すために必要なことだ。そして、あとは美花の気持ち次第だった。
美花は高校生にして求められた。風花の本当の死を迎えるための覚悟と、妹との永遠の別れを。
それは、あまりにも過酷な現実だった。
自分の理解し得ないテーブルの下で進められる大人達の判断に、美花はやり場のない怒りと救われない思いを抱いた。
「もし、神様がいるなら…………」
そんな美花の頭に過ったのは、夕日の中、メイが言ったあの言葉だった。