君への最後の恋文はこの雨が上がるのを待っている
剣道場に向かうと、入り口のカギは開いていて、そっと身を滑らせるように中に入った。
朝陽の差し込む板張りの床で、長ったらしい前髪の男が黙想をしているところだった。
光を浴びて、濡れたような黒髪がいっそう艶めく。
目を閉じると睫毛がその辺の女子よりずっと長いことがわかる。
綺麗な顔。そう思った。実際、矢田深月は黙っていればイイ男なんだ、黙っていれば。
「おっせぇぞ、バカ」
入り口近くで立ち尽くしていたあたしに、急にかけられた声。
いつの間にか深月が目を開いてこっちを見ていた。
ほら、口を開くとすぐこれだ。いくら顔が良くても台無しだと思う。
「うるさいなあ。あたしはいつも通りだし。あんたが早すぎただけでしょ」
憎まれ口をたたかれると、あたしも憎まれ口で返してしまう。
こればっかりは、長く培われてきた反射みたいなものだからどうしようもない。
深月も笑って、黙想を切り上げ立ち上がった。
また、背が伸びた。どんどん身長差は広がっていく。
背も、体格も何もかも、時間とともに変わって、大人になっていく。
それが哀しいとはもう思わない。
ほんの少し、切なさみたいなものは胸の端っこに残っているけれど。