桃色吐息
エイジ君は何時もそうだ、ドキドキすることをさらっとカッコよくする。
お風呂に入る前からのぼせそうになっていた。

シャンプーして身体を洗って、新しいお湯のはってある湯船に浸かると、私はぼんやりと思い出していた。
一緒にシャワーを浴びたときのこと。
そっと私の素肌に触れてくれた彼の指先を、その唇を。

あの時の石鹸とシャンプーの香りを。


香りって思い出を呼び覚ます鍵みたい。


最近毎日のように考えるんだ、早くもう一度抱いてほしいと。
そんなこと考えるのは、とってもはしたなくて厭らしいことなのかもしれないけど、どうしてもそればかり考えちゃうんだ。

今夜もきっと、エイジ君は我慢してくれるんだろうなあ・・・
誕生日までのおあずけって結構苦しい。


エイジ君が触ってくれた時みたいに、自分でも触ってみると、あの時と同じ気持ちがこみ上げてきてヤバイと思った。


「エイジくん・・・」


目を閉じて思い出すと、本当にあの感覚が蘇ってくるようで・・・思わず声が漏れる。




「桃?どうした?」

脱衣所にエイジ君が居たみたいで、いきなり声をかけられてびっくりした。



「なっ、なんでもないよ、ど、どうしたの?」

慌てて目を開けると、ガラスドアの向こうに彼の影がチラッと見えて、それだけでドキドキが酷くなる。
気付かれてたら、恥ずかしすぎる・・・



「ちょっと手を洗いにきただけ、ゴメンなすぐあっち行くから。」

のぞいてないからななんて言いながら、脱衣所を出て行く気配がして、私も恐る恐るバスルームから出て身体を拭いた。


用意してもらったTシャツにさっさと着替えると、髪を乾かしてまたリビングに戻る。
こんなとき、髪を切ってよかったなってつくづく思う、すぐ乾いてくれるから。

中学生の頃は、眠くて暑くて、夏なんか泣きながら髪を乾かしていたっけって思い出したりして。




リビングには誰も居なくて、私はさっきミチルさんが教えてくれた和室の方をのぞいてみた。

引き戸の奥は六畳の畳の部屋で、窓際には障子が張ってあり、押入れと正面には大きな本棚が壁一面にあった。

「凄い・・・図書館みたい・・・」

やっぱりミチルさんは、作家さんなんだなって実感する。

本棚にあるのはさまざまなジャンルの本で、やっぱりミステリー関連のものが多いみたい。

下の方にある写真集を手にとって見ると、エイジ君によく似たファッションの外人の男性がいっぱい載っていて、どれもかっこいいなって思う。

エイジ君に似てるってだけで、素敵だって思ってしまうのは何なんだろう。

Sex Pistols Johnny Rotten Steve Jones Paul Cook Sid Vicious

セディショナリーズ ワールズエンド この前エイジ君が読んでいた雑誌の記事にあったな・・・


私はエイジ君のことを何も知らないんだなと、そのページをめくりながら新しい彼を見ているような気持ちになった。


私もこの世界に入ってみたい・・・



英語の文書を、たどたどしい英語力で必死に読んでいると、「どうした?」ってエイジ君がこっちに来てくれた。


「これ、この前言ってた、セディショナリーズ?」

畳に正座してそれを見ていた私の横に来て、エイジ君はその雑誌を覗き込む。


「そう、この人が俺の神様、ジョン・ライドン。」

金髪で色白のやせっぽちのその男性を指差す。
あれ?名前が違うって思った。

「ジョニー・ロットンって描いてあるよ?」

そう聞き返すと、それはピストルズ時代の芸名だって教えてくれた。

「こっちの人は知ってる、シドヴィシャスでしょ?。なんかの歌で聞いたことあるよ。」


ふとエイジ君の横顔を見ると、キラキラした目をしてその写真集を見つめていて、ほんとに好きなんだなって思う。

あっ・・・エイジ君の匂いがするなって、首筋に目を落とした。


キスがしたい・・・そう思った瞬間に目があって、急にお互い真っ赤になって一瞬見つめあうけど、すぐに目をそらされてしまう。




「ああ、俺も風呂入ってくる。桃、適当に本でも読んでて・・・」

そういって、慌ててエイジ君はバスルームに行ってしまった。
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