君の背中に見えた輝く翼に、私は恋に落ちました

彼女とひとつに〜翼side〜

夏休みに入ってすぐの頃…

弟の晴人が、警官に連れられて

帰って来た。

親父もお袋も、もちろん俺も

びっくりした。

聞けば、帰り道にヤンキーに

絡まれ、カツアゲされそうに

なったらしい。

警官が帰ったあと、リビングで

詳しく話を聞いていた俺は、

背筋が凍った。

晴人を助けてくれたのが、

他でもない、春瀬だったからだ。

「兄ちゃんには、内緒にって

言われたんだ…

心配かけるからって…

兄ちゃんの彼女なんだろ?

春瀬さんって」

そう言った、晴人の顔は

内緒にと約束したのに、

こうして話した事による

後ろめたさが感じられた。

「ああ、俺の彼女だ。

でも、気にするな…

晴人がそんな顔してるって

分かったら、きっと春瀬は

もっと悲しむ」

内心では、何で俺に助けを

求めなかったんだと、

苛立っていたが、晴人の手前、

俺は平静を装った。

だが、晴人から聞いた

次の言葉に、俺は愕然とした。

「俺を庇って、頬を叩かれたり

足を蹴られたんだ…」

「っ!?」

男でも、その状況なら

怖いと思うだろうに、

春瀬は大丈夫なのか!?

きっと怖かったはずだ…

何で連絡しないいんだよ!

拳をきつく握って、

ホームにいる春瀬を想った。

気持ちを落ち着かせながら

晴人に問いかけた。

「怪我の具合はどうだった?」

そう言った俺に、晴人は…

「人に殴られるのは、昔から

慣れてるから、大丈夫って

笑ってた…

義足だからって…

だから、痛みは感じないって…

春瀬さん、ニコニコ笑ったんだ」

慣れてるって…

痛みは感じないって…

そんなわけあるか!!

今すぐ、春瀬のところに…

あいつの所に行ってやらねーと!

立ち上がった俺に、

傍で聞いていた

親父とお袋が驚きの表情で

俺の腕を掴んだ。

「晴人を助けてくれたのが、

翼の彼女で、義足で、

慣れてるって…

本当なの!?」

黙って見つめる親父と、

取り乱すお袋に、

春瀬の全てを打ち明けた。

高校で出会い、付き合っている事、

実親からの虐待で、

背中には、

大きな火傷の痕がある事も

暴力によって、膝から下がない

下肢義足である事。

実親から逃れ、5歳の時から

施設暮らしである事…

それを聞いたお袋は、

身体を震わせながら、言った。

「そんな境遇なのに、

晴人を助けてくれたのね…

きっと怖かったでしょうに。

普通の人でも身がすくむような、

状況なのに、晴人の為に

最後まで笑っていたなんて…」

身体を震わせるお袋の肩を抱き、

親父が言った。

「そうだな…

それでも、晴人を守る為に

安心させる為に…

笑っていたんだろう。

なんて、強くて優しい子なんだ」

俺は2人の言葉を聞きながら、

改めて春瀬の強さに

気付かされた。

時田先輩によって、

全校生徒に知られて、

俺達みんなに話してくれた時、

春瀬は、こう言った。

『大切な人を守れるくらいに

強くなりたい』と。

周りに広めた時田先輩を

責める事も悲観する事も、

しなかった。

どこまでも優しくて強い…

だからこそ、俺が守りたいと

あの時誓ったってのに。

晴人を安心させる為に、

恐怖や痛みを出さずに

笑ったんだろう…きっと。

でも、今頃

痛くて苦しんでるかもしれねー。

実親にされた事を思い出して

震えてるかも…

いてもたっても居られない俺に、

お袋が言った。

「今度、春瀬さん連れて

来なさい。

その時に、私達もご挨拶するわ。

それに、あちらも今は

大変かもしれないから…」

暴れだしそうな程、動く心を

見透かしたように、

ぎこちなく笑うお袋に、

俺は黙って頷いた。

翌日、部活で会った春瀬は

いつもと変わらぬ笑顔で、

俺に駆け寄って来た。

ホッとする気持ちと、

頼ってもらえなかった苛立ちを

ぶつけてしまった。

そんな俺に、素直に謝る春瀬。

申し訳なさそうに眉を下げる、

春瀬を見て、会ったら

抱き締めて安心させてやりたいと

思っていた事を思い出した。

「そういう時は、今度こそ

俺に連絡しろよ」

小さな身体に腕を回して、

優しく抱き締めると、

腕の中から、俺を見上げて

うん…と呟くように言った。

そして、晴人くんは大丈夫?と

心配そうにまた、眉を寄せた。

「大丈夫だ。

晴人を守ってくれて

ありがとうな」

俺の言葉に、心底ホッと

したように、良かったと

何度も呟きながら、笑う春瀬に

俺は改めて愛おしさが募った。

そして、俺の家に来る日の前日…

「明日、春瀬来るからよろしく」

親父とお袋、晴人へ向けて

そう言うと、とんでもない

返事が返ってきた。

「父さん達は、明日から

一泊二日で温泉行くから、

ご挨拶は、また今度改めて」

「は?」

驚きの声を上げた俺に、

お袋はニコニコしながら、

「明日は春瀬さんと、

2人でゆっくりしなさいね!

初めてのデートなんでしょ?

いきなり親とご対面なんて、

春瀬さんも不安でしょうから」

と、肘を突いてくる。

なんなんだよ、その顔は…

気をきかせたみたいな。

腹立たしい気持ちの反面、

春瀬と2人で過ごせるという

嬉しい気持ちで、俺は

心の中で礼を言った。

絶対言わねーけど。

親父とお袋のしたり顔を横目に

自室に戻った俺は、浮かれた。

翌日、春瀬を自宅に迎え

親が旅行に行った事を話すと、

目をぱちぱちさせ、そして

顔を真っ赤にさせて固まった。

そら、そうだ。

親がいると思ってたのに、

実際には、俺と2人きりなのだから。

顔には出さないが、俺だって

ほんとのところは、

ドキドキしてるんだよ。

部屋に入って、腰を下ろすと

春瀬はキョロキョロと

部屋を見渡して、

落ち着かないようだ。

話こそすれ、俺と目を

合わせないようにしている。

緊張してるのが、ひしひしと

伝わってきて、それすらも

可愛いと思ってしまう俺は、

敢えて隣に近づかせる空気を

出した。

仁木から送って貰った写真を

だしにして…

俺の思惑通り、春瀬は

その写真を消そうと、

俺から携帯を取り上げて、

俺に背を向けた。

その後ろ姿は、俺の理性を

吹き飛ばすのには十分過ぎる程だ。

長い髪を高く結い上げた首元が

普段の可愛い春瀬とは違って、

妙な色気を出していて、

らしくもなく、ドキリとさせる。

そんな俺に気付かない春瀬は、

必死に携帯を操作していて、

思わず、笑いそうになる。

そして、春瀬のすぐ後ろに

いた俺は、腕を回して

抱き締めた。

やっぱりちっこいな…

そんでもって、柔らけー…

身体をビクつかせた春瀬を

更にギュッと抱き締めると、

俺の腕にそっと触れる春瀬の

身体がどんどん熱くなるのが

分かった。

やべー、キスしてー…

「春瀬…すげー心臓の音。

緊張してんのか?」

俺の言葉に、コクリと頷いて

腕をギュッと掴んできた。

身体から、ドクドクと鼓動が

ダイレクトに響いてきて、

俺の理性は崩れた。










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