君の背中に見えた輝く翼に、私は恋に落ちました
日向くんから、短期のバイトを

紹介して貰ったわたしは、

部活がお休みの今日、1人

一軒のお店の前に居た。

今回のバイトの件は、翼くんには

当日まで内緒にしたいと

日向くんや璃子には、口止め済。

驚かせたいんだもん!

【Avenir brillant】と書かれた

小さなカフェは、木造の一軒家で、

温もりが感じられる、

落ち着いた雰囲気のお店だ。

フランス語で【輝く未来】と

いうらしい、このお店は

日向くんの叔父さん夫婦が

営んでいるそうだ。

就職が決まった、バイトの人が

辞めてしまい、

人手に困っていた時に、

運良く、わたしが名乗りを上げ

面接をすっ飛ばして、決まった。

日向くんは、わたしの足の事も

話してくれていた。

叔父さん夫婦は、何の問題もないと

即決だったらしいんだけど…

本当に、こんなわたしで

大丈夫なのかな?

不安な気持ちのまま、

扉に手を掛けた。

カランカラーン…

扉を開けると小さなベルの音。

「こんにちは…」

わたしが声をかけると、

カウンターに1人の男性が

見えて、ニッコリと微笑んで

手招きをしている。

ゆっくり近づいた、わたしは

恐る恐る、挨拶をした。

「日向くんの紹介で来ました、

春瀬流羽です!

今日から少しの間、

お世話になります」

ペコッと頭を下げると…

「こちらこそよろしくね

僕は、日向一輝(かずてる)。

大輝の叔父で、ここのマスターを

やってるんだ。

流羽ちゃんの事は大輝から

聞いてるから、安心してね」

そう言って、またニッコリと

微笑んだ。

その後、奥さんの歩美さんとも

会って少し話した後、

わたしの人生で初めてのバイトが

始まった。

2人とも、凄く良い人で

わたしは心底安心した。

足が悪い事を考慮してくれた

マスターはカウンター内での

飲み物や軽食作りが、わたしの

仕事だと言って、ゆっくり

丁寧に教えてくれた。

店内を漂うコーヒーの香りと

小さく流れるジャズの音色は

とても心地が良い。

訪れるお客さんも、どこか

落ち着いた雰囲気の人ばかりで、

異空間にでも来たかのように

お店の中には、穏やかな

時間が流れていた。

仕事に少し慣れた頃…

カランカラーン…

扉が開き、入って来たのは

わたしと同じ高校の制服を

着た、男の子だった。

「いらっしゃいませ」

わたしが言うと、少し驚いた

表情をして、扉の前で

固まっている。

首を傾げていると…

「おかえり、隼人。

今日からバイトに来てくれる

流羽ちゃんだよ」

「え?」

おかえりって…

マスターの顔を見ると、

「あれ、僕の息子の隼人で、

流羽ちゃんの1つ上の

高校2年生なんだ」

そう言って、微笑んだマスター。

「あ…そうなんですね。

こんにちは、春瀬です。

よろしくお願いします!」

ペコッと頭を下げると、何故か

顔を真っ赤にして、無言で

頭を下げた隼人さんは、

1度奥に消えて、数分後

私服姿にエプロンを着けて、

店内に戻って来た。

「隼人さんも

お手伝いしてるんですか?」

わたしの問いかけに、

マスターは頷いた。

「部活がない時だけだけどね」

「そうなんですね…

凄いですね、部活も

お家のお手伝いもしてるなんて」

わたしには、到底無理だな…

尊敬する。

そんな事を思いながら、

仕事に勤しんでいた。

そして、

バイトの時間が終わりを

迎えようとした頃、

隼人さんに今日初めて、

声を掛けられた。

「春瀬さんは、いつまで

ここでバイトするの?」

視線を彷徨わせながら、

尋ねてくる隼人さんに、何故か

笑いを堪えているマスター。

なんで笑ってるんだろう?

不思議に思いながら、返事を

返した。

「今日から10日間だけなんです。

こんなに素敵なお店なら、

ずっと働きたいんですけど、

部活もあるので…

隼人さんも部活されてるんですよね?

何部なんですか?」

笑顔でそう答えると、

隼人さんは、大きな背には

似つかわしくないほど、

弱々しく…

「そう…10日だけなんだ…残念。

あ、俺はバレー部だよ」

と、呟くように答えた。

「ずっとここで働けばいいのに」

そう言った隼人さんの言葉は、

小さすぎて、わたしには

聞こえなかった。

隼人さんが呟いた言葉を聞いて

マスターが微かに笑ったことも、

わたしは知らなかった。





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