カッコよくても、いいですか?
「…せ、せんせ」


私は息切れ切れで保健室の木のドアを開けた。


教室から保健室までの距離はそんなに遠くはないが、今の状態だとまるで10キロマラソンを終えた後の様に感じた。


「あら、どうしたの、イケメンさんが珍しい」


保健の先生は茶色いパーマのかかった髪を揺らしながらこちらに駆け寄ってきた。


「どいつもこいつもイケメンイケメンって…」


「しょうがないじゃない、本当にイケメンなんだから。で?今日はどうしたの?」


先生は白衣のポケットから取り出した白いハンカチで、私の額の汗を拭いてくれた。


そういえば、こんな短い距離の移動だったのに、汗がびっしょりな事に気が付いた。


「今日は、ちょっと、気分が悪くなって」

 
私は先生に連れられて、ぬいぐるみだらけの黒いソファにどかっと腰掛けた。


「それは災難だったわね。はい体温計」


先生は胸ポケットから体温計を取り出して、私に差し出す。


私はブレザーの第一ボタンを外して、脇に体温計を挟む。


「ホントですよ。立ち上がったら、急に気持ち悪くなって。誰、だっけ、おかっぱの人が気づいてくれて、助かりました」


脳内にあの優しそうな顔のおかっぱが浮かんでくる。


既に名前は忘れたが。


「あぁ藤川さんね。彼女優しいわよねー。まさに学級委員って感じ。あ、体温測り終わった?何度?」


ピピピッと短い電子音がして、脇から体温計を取り出す。


「…36度5分です」


「別に熱はないみたいねー。あなた今日朝ご飯食べた?」


体温計をしまって先生に返しながら今日の朝の光景を思い出す。


「今日は食べてないですね」


「…は?あなた馬鹿なの?」


先生はぎょっとした表情でこちらをじっと見つめている。 


「でもお昼はサラダ食べたので」


「サラダって…あの少なさで伝説の?レタスとトマトしか入ってないあの購買の?」
 

そこまで少なかった覚えは無いが。


「もうすぐテニス部の全国大会があるので。少しでも余分な脂肪は取りたくないんです。毎日の腹筋回数も300回に増やしました」


私は今までの努力を思い出しながら語る。


手のひらにあるマメが全てを物語ってくれる。


「あなたねー。頑張っているのは分かるけど、ご飯はしっかり食べないとそりゃ気持ち悪くなるわよ。大会前に体調崩すなんてプレーヤーとして失格ね」


先生の放った言葉に愕然とする。言われてみればその通りだった。


私は肩を落として開きっぱなしだった第一ボタンをしめた。


「そうですね…取り敢えず寝ていいですか」


「いいわよ。そこの奥のベッドが空いてるから」


先生の瞳が優しい瞳に変わり、保健室の奥のベッドを指差した。


私はとぼとぼと力無く歩いていくと、ベッドに倒れるように入る。


飯を食わなきゃ体調を崩す事なんて当たり前の事で分かっていた筈なのに。


こんなくだらない事で授業も受けられないなんて。


もっと自分を鍛え上げなければ…


そんなことをぐるぐる考えている内に瞼が重くなっていき、私は眠りに落ちた。


掛け布団をかけるのも忘れて。

< 6 / 8 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop