異世界賢者は世界を弄ぶ
本編
prologue
己が人生に幕を閉じた瞬間をよく覚えている。
数多い弟子や孫弟子などに囲まれ、賑やかながらも穏やかに閉じたはずだった。
――生まれ変わる瞬間じゃな――
初めての出来事にもかかわらず、彼はすぐに分かった。ふわふわと温かいもので囲まれたところから、いきなり眩しい世界へと放り出される瞬間も、これからの人生を祝福しているようにしか思えなかった。
「ふんぎゃーー」
彼の泣き声は、部屋中に響き渡ったという。
それから五年後、小さな都市のとある幼稚園の年中組に彼はいた。
「あらら、とし君は本当に戦隊ものとか魔法が大好きねぇ」
キリン組の先生がとし君こと、高瀬 稔憲に向かって微笑みながら言った。
「魔法の構築を確認していた」
「……あ、あらそう」
一気に凍りついた。稔憲はいたって真面目に言うし、小さい子供が魔法を使ったふりをするのも、よくあることなのだが、この場合は少しばかり特殊だ。
「俺、魔法使えるんだぜ」
とか
「魔法使いになるの!」
とか、微笑ましいだけではないか、というやつらの頭をぶっ叩きたくなる! というのがキリン組の先生、世奈だ。
いや、稔憲と会うまでは世奈とてそういうことを言う園児や子供は「可愛い」と思っていた。全部をひっくり返したのが、この稔憲だ。
五歳児にして、中二病とはこれ如何に。そう同僚にも相談したし、昨年はされた方だ。
俗にいう「キラキラネーム」ではないし、親もいたってどこにでもいる普通の共働きの会社員だ。なのに、どうして。遠い目をするのは、世奈だけではない、はずである。
そして、電化製品を壊す確率の高いのも、稔憲だ。奴は何をしでかしたのか分からないが、触ったものの大半が壊れる。
「ふむ。暖房と言うから、火の魔術を使っているわけではないのだな」
という言葉を聞いた瞬間、「お前何をした!?」と問い詰めたというのは、稔憲の母親の言だ。
幼稚園でやらなくてよかった、と思ったのは世奈だけではないはずだ。
「しかし、この世界は不便だ」
ぼそりと呟く稔憲の頭を叩きたくなる気持ちも分かる。日本ほど便利な国はないというのに。
どうやら、色々とねじが外れているようで、療育センターやら色んな所に通っているという話も聞いている。気持ちは分からないでもない。
昔ほど言わなくなったというが、それでも安心できないというのが、稔憲の両親の言い分だ。……激しく同意できる。
「つ・ぎ・は、壊さないでね、とし君」
「善処しよう」
どこで覚えたその言葉!! キリッした顔で言っても、幼児ではしまらない。
「こ・わ・す・な!! 幼稚園の備品だ!!」
「ちっ。養われの身は辛い」
あぁぁぁ!! 拳骨を落としたい!! よくぞ稔憲の両親はこの子供に付き合えるものだと感心してしまう世奈だった。
「あの子のお世話は、世奈先生じゃなきゃ無理よ」
「まだ三か月ですが、おなかいっぱいですわ」
職員室での話は、半分くらいが「とし君が今回こんなことをした」というものだ。他はいたって普通の話ばかりだ。多少のわんぱく坊主ですらこの幼稚園では「可愛らしい」で片付くのは、稔憲のおかげでもある。そして、そういうわんぱく坊主は何故か稔憲の言うことをよく聞く。「誰それ君は、女の子をいじめてその報復でとし君に空を飛ばされてから大人しくなった」とか、「誰君は木から落ちそうになったところを、助けられた」とか、様々だが。
「とし君の悪い影響を受けなきゃいいんですけどねぇ」
「あ、それなんですが」
年配の同僚の言葉に、世奈はため息をついてしまった。
「とし君は、『この中で自分以外魔力を持った人間はいない』だそうです」
「……あっそ」
その場にいた全員が呆れた。だが、それでわんぱく坊主を納得させているあたり、凄いことではある。
そんな稔憲が少しずつ常識を学び、卒園する頃には「魔法が使える」と言わなくなるとは思いもしなかった。
皆で涙したのはいい思い出のはず……だった。