異世界賢者は世界を弄ぶ
稔憲の「ちょっと」お出かけ
「ちょっと冥界に行ってくる」
「……思い立ったが吉日みたいに言わないでもらえるかな、稔憲」
手土産を作っていないという隆文に、稔憲はこれで十分だと弁当を手に取った。
「だーめ。冥界神に迷惑かけてんだから、好物の甘味ぐらい持っていかないと」
「たしかリーチェの実が食べごろだったはずだな。摘んで持っていくか」
「マテ。そのまま持っていこうとするな。それをシロップで煮込むからまず摘んで来い」
こういう時の力関係は、確実に隆文が上である。稔憲は大人しくリーチェ摘みをせざるを得ない。
「……ったく」
ちなみにこのリーチェ、植えたのは一番弟子である。大の甘い物好きだった一番弟子は、研究の合間に摘まむものとして栽培を開始。甘味に飢えた弟子たちに大いに受けた。
それを現在は隆文がジャムの材料として使用している。その作り方は、たった数年で大陸全土に広まっていった。それまでは砂糖や地球でいうところの「メープルシロップ(ヘブンズではプーメラシロップ)」をかけて食していた。ジャムの方が保存しやすいこともあり、今では下火である。
「……これぐらい……いや、この間はこれで少ないようだったな」
ブツブツと呟きながらも、摘んでいく。弟子や孫弟子、果てはその弟子たちもそんな稔憲を温かく見守っていた。
かくしてできたのは、ジャムサンドクッキーである。抜型がないということで、絞り出しで作るあたり、芸が細かい。こういった作業すら稔憲は魔力を使ってやってしまうため、隆文のように美味しくできない。
「でもさ、均一に作ってもらうには最高なんだけど」
食材をこねる時などに無意識で魔力を注いでしまうので、無理だが。稔憲が出来るのは、均一にできるような魔道具を作るくらいである。
「……御師様。その常識のズレ直していただけませんか?」
地球に転生して以来、そのズレに磨きのかかった稔憲は、フラウに呆れられるようになっていた。
「では、行ってくる」
「稔憲、時間かかると悪いから弁当も少しもってけ」
本当に気の利きすぎる親友である。冥界でとれる石、冥石を使った新しい魔道具あたりでもお礼として作るか、と考えつつ移転門へと足を踏み入れた。