本日、結婚いたしましたが、偽装です。


本当は結婚したくなかったけれど、私の結婚願望がやっくんと温度差を感じるほど強くて、そういう圧力をかけられたから、その重圧感から逃れるためにしようがなく、プロポーズしてくれたやっくんは、表情一つ変えずにカフェモカを飲んでいる。



「それで…、他に好きな子ができたから、私と別れようってこと?」



こういうシリアスな時に、店内に流れるフレンチポップスは、明るい曲調の歌で、一気に哀しみのどん底に突き落とされている私の癪に触った。



楽しくなんて、ない。


こんな別れ話を、こんなに明るいカフェで、人が大勢いる店内の窓辺の席で、隣の席には初々しい高校生カップルがいるのに、聞きたくもないし、したくない。



「うん、まぁ…」



「好きな子って、誰? 」



それ以上、やっくんから何も言ってほしくないのに、聞きたくないのに、無意識に訊いていた。

だって、私と付き合っていたのに、婚約までしていたのに、先にやっくんと付き合っていた彼女の私より好きになった相手はどんな女なのか、気になりたくないのに、知りたいって衝動的に思う…じゃない…?


やっくんは、眉根を寄せて気まずそうに瞬きをしながら視線を曖昧に彷徨わせて、私の質問に狼狽する。


「ねえ?誰なの?」

やっくんは狼狽ながら思考を逡巡させてから、落ち着きを取り戻すかのように深く吐息を吐いた。

そして、ゆっくりと重々しく口を開いた。



「お前が、良く知っている子」



「えっ、」


え、良く、知っている? 誰…?



「たまきちゃん」


え、嘘…でしょ…。


頭の中が真っ白になっていくのに比例して目の前が真っ暗になっていき、呼吸が停止する。


たまきって、私の幼馴染で、地味子の私の数えるくらいしかいない親友のうち、大親友と呼べるくらい互いに社会人になっても仲良しで、結婚の報告を誰よりもいち早くした、前川 たまきのこと?





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