血も涙もない。
おしまいの日
海に出るとすぐ、僕は何が起こったのかを思い出した。
 最初に攻撃したのがどっちだったか、もう覚えていない。
 でも、すぐにミサイルの撃ち合いになった。どちらの国もたくさんの人が死んだ。核による放射能は全世界に巡り、気がつくと、ミサイルはあちらの国にもこちらの国でも飛び交っていた。空にはキノコ雲が上がり、街には放射能に汚染された人々がさまよった。髪の毛の残っている人は珍しかったし、空気は汚れて、歪んでいた。銃をかついだ兵士がそこらじゅうを走り回り、あまりの息苦しさに気が触れた者が、銃を乱射した。いつも、銃声がしていた。建物は血で汚れ、死体は珍しくなくなった。歩けば、死体を踏んだ。硝子という硝子は粉々に砕けていた。
世界中で、そんなことが起こっていた。
ニューヨークでも、トーキョーでも、上海でも。
 殺し合いに、国籍や民族という壁はなかった。
 僕はあの街で、青い空をついぞ見ていない。黒い雨で、アスファルトは真っ黒になり、放射能と有毒ガスで、空はどんより黒く渦巻いていた。
 波が、寄せては返す。
 島は、今日も晴天だ。
 白波に乗って、死体は打ち上げられる。
 ほとんどの死体は、腐食していた。皮膚はふやけたり魚につつかれたりして破れ、ガスで膨らんだ肉体は、海水の上にぷかぷか浮いていた。
 百合子さんの左足が、暑さに負けたとでもいうように、ぽろりと躯から離れた。白い浜が、少しだけ赤い血ににじむ。
 僕は、死体に触れることもいとわず、もう一度大きく伸びをした。
 休憩がすんだら、また死体を引き上げる作業に戻らなくてはならない。
 包丁を、浜に突き立てた。
 ここは、島だ。
 人はいない。僕だけだ。
 もうすぐ引き潮に変わる。海岸には、きっとまたたくさんの死体が残されるだろう。
 ふっと僕は、どうして自分がこのパラダイスのような島にいるのかと考えた。
………いや、考えてはいけない。
 人間は、遠吠えする。
 威嚇して、威嚇して、殺し合う。
 誰かが、後始末をしなくては。
 僕は、また浜に押し寄せてくる死体を拾いに、立ち上がった。

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