甘え上手でイジワルで

パーティーの乱

 それにしても、新しくここで与えられた仕事は悩ましい。いち秘書にこの仕事が務まるのだろうか。
 ワークシェアリング、ワーク……仕事……。
 育休産休の制度は、企業によってだいぶ違う。あっても、雇用形態によってはその恩恵が受けられないこともある。
 企業毎に資料をまとめ、日常の業務の合間に私と草壁くんは議論を繰り返した。
 ワークシェアの円滑化に、どのくらいの予算が取れるかにもよるんだなぁ……。
 公的な子育て支援なんて微々たるものだし、病気になった時に病児保育を利用したり、短時間の一時保育を利用したり、とにかく子供を預けるにはお金がかかる。
 調べれば調べるほど、乳幼児を育てるには人手がいる。多分、父親と母親で担うにも大きすぎるほどの仕事がそこにはある。
 だから、誰かに子育てという仕事を委託しようとすると、お金が沢山かかってしまう。
 私達は仕事をして、金銭を得て、それで生活をしている。
 逆に言えば、生活をするために仕事をしている。
 子育てという仕事をして、得られるものはなんだろう。お金はなくなるし、時間もなくなる。趣味などの日常の楽しみも削って、子育てをする。
 それから、私はひとつわかったことがある。
 研究員達のスケジュール調整をするにあたって、私はお子さん達について他機関に連絡をした。病児保育をお願いするため、延長保育をお願いするため。
 その度に私は何度も、「申し訳ありません」と「ありがとうございます」を繰り返した。
 私がそれをするのは特に苦痛ではない。「仕事」だからだ。
 でも、母親である研究員達は、そうではない。子供の体調が悪いのも、ましてや子育てに人手がかかることも、彼女達に責任があることではない。
 けれど、謝らなければならない。感謝しなければいけない。
 ママも私と妹を育てるために、そうしていたのだろう。そう思うと、ママへの申し訳なさが胸にわき上がった。

 研究室の入口に設えられた簡易なワークスペースで、エクセルを見ながら私がうんうん唸っていると、草壁くんがデスクにコーヒーを置いてくれた。

「お金ですか」
「うん……。とりあえず経費で計上するけど、いいって思うように上げていくとすごい額に……」
「いくらかかってもいいですよ」
「……へ?」
「だから、先輩が必要だと思うなら、それは必要ってことですから、いくらつけてもいいです」

 私はまじまじと草壁くんの整った顔を見つめた。嬉しそうにしないで!

「な、なんで草壁くんがそんなこと言えるのよ!?」
「あっ……」

 なんでそこで口ごもるの。明らかにあやしいんだけど!

「えーと、企業秘密です。でも本当ですから、安心して下さいね」

 にっこり草壁くんは笑うけど、それじゃごまかされないんだから。
 これだから、草壁くんの言うことは信じられない。




 クリスマス当日は、ミーティングルームでクリスマスパーティーをすることにした。
 これが仕事に必要なのかは少し迷ったけれど……。
 研究所の所長にも招待状を送ったら、丁寧な出席の返事を頂いた。
 初日に挨拶に窺ったきりだけど、ぱっと見た目が完全にクリスマスのチキンの有名店の創業者なんだよね……。
 のりのりでサンタクロースの格好をしてくださるというので、甘えることにする。
 段取りとしては、昼食がてらクリスマスケーキを食べて、サンタさんがクリスマスプレゼントを持ってきてくれる。
 各人へのプレゼントは私が事前に用意しておきました。
(これも経費に計上!)

 そうして、クリスマスパーティーが始まって、三人の研究員とお子さん達は、私と草壁くんが用意したクリスマスのランチを楽しんでくれた。
 ただひとり、明良くんを除いて。

 明良くんは始終不機嫌そうな顔をしていた。
 でも、ランチも食べてくれたし、ケーキもなんだかんだおかわりしてたし(この子、甘い物好きなんだ!)、そのうち笑顔になってくれるんじゃないかって思っていた。
 海野研究員は、物静かな人で、あまり喋らない。
 眼鏡をかけた化粧っ気のない顔で、目が合うと軽く会釈してくれる。それがなんだか、謝られて居るみたいで、こちらが申し訳なくなるような人。
 物静かな海野研究員と、無口でぶっきらぼうな明良くんが、明るく騒ぐ私達の中で、何を考えているのか、私にはまったくわからなかった。

 サンタクロースに扮した所長が入ってきて、鈴ちゃんと力丸くんが飛び上がってお喜びする。
 愛奈ちゃんはびっくり眼でかたまった。ふええ、と声を上げて泣き出したのを、草壁くんがだっこしてあやす。
 所長! まさにサンタクロースそのもの!

 心の中で快哉を叫んだその時だった。

「ばっかじゃねーの。サンタクロースなんていねぇんだよ」

 明良くんだった。
 場がしんと静まりかえる。

「おい、お前」

 明良くんが私を睨み付ける。

「ご機嫌伺いばっかりして、きもちわりーんだよ」

 吐き捨てるように言うと、そのままミーティングルームを出ようとする。

「ま、待って、明良くん!」
「先輩」

 慌てた私の腕に、草壁くんが愛奈ちゃんを抱かせた。
 それから、ひょいと机を飛び越えて、ドアノブに手をかけた明良くんの方を掴んで勢いよく振り向かせると、胸ぐらを掴み上げた。

「ぐっ……はなっ……はなせっ!」

 明良くんはもの凄い勢いで暴れた。
 でも草壁くんの手は揺るがない。私からは草壁くんの背中しか見えなかったけど、明良くんの顔色が変わるのは見えた。
 怒りから――怯えに。

「……謝るんだ」

 低い草壁くんの呟きに、明良くんだけじゃない、部屋の中のみんなが震え上がった。

「ひっ……」

 明良くんは声も出ないみたいだ。草壁くんが更に彼の胸ぐらを強く締め上げる。

「草壁くん!」

 私は叫んだ。ふぇえ……と泣き出した愛奈ちゃんを、サンタクロースの腕に渡す。
 机を回って、草壁くんの背中をぽんぽんと叩いた。

「草壁くん、落ち着いて」

 私の声は、落ち着いていただろうか。震えてしまっていないだろうか。
 草壁くんが、明良くんを放す。
 ごほごほと咳き込みながら蹲った明良くん。
 私は手を振り上げて、草壁くんの頬を軽く叩いた。
 ぺちんっと情けない音がする。

「相手は子供よ。しっかりしなさい」
「先輩……」
「怖がらせてどうするの……」
「先輩……」

 草壁くんは、彼が子供みたいに顔を歪めた。鈴ちゃんがとことこやってきて、彼の膝に抱きつく。

「たかっちゃん、いいよ。鈴も、あやみもわかってるから」

 私は鈴ちゃんの頭を撫でた。
 ありがとう、鈴ちゃん。

 私は明良くんの腕を掴んで、彼を立ち上がらせると、「ちょっと話をしよう」と言った。明良くんは大人しく私に従ってくれた。

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