その手が離せなくて
第一章
出会い
「お先に失礼しまーす」
まだ残っているみんなに頭を下げながら、足早に事務所を後にする。
急いで乗り込んだ一面ガラス張りのエレベーターからは、真っ赤な夕日の沈む様子が見えた。
赤く染まっていく街を見て、思わず目を細める。
今日も一日が終わった。
何の変哲もない、一日が。
携帯をいじりながら歩く高校生の脇を抜けて、お目当ての電車に飛び乗る。
上京したばかりの時は右も左も分からなかったのに、8年もいればもう慣れたもんだ。
パンパンに浮腫んだ足でカツカツとヒールを鳴らしながら家路へと急ぐ。
すっかり夕日も沈んでしまって、片手に持っていたスーパー袋の揺れる音だけが妙に世界に響いた。
しばらくすると見慣れたマンションが視界に入って、鞄の中からキーケースを取り出す。
そんな時、図った様に携帯の着信が鳴った。