その手が離せなくて

「桜・・・・・・」


しばらくの沈黙の後、ポツリと零れた言葉。

そんな私の今にも消え入りそうな声を聞いて、先輩が「ん?」と聞き返してきた。

それに応える様に、足を止めて小さく微笑む。

笑えているかは分からないけど。


「今年は桜、見れなかったなぁ・・・・・・って」

「え? 望月、そんな桜好きだったっけ?」

「今年は特別見たかったんです」

「も~それなら、もっと早く言ってよ。仕事帰りにでも付き合ったのに」


優しい先輩は元気のない私を励まそうと、まだ桜が散っていない場所へ花見に行こうと誘ってくれる。

小さく頷いて、その言葉に耳を傾ける。

だけど、頭の中では彼の事ばかり考えていた。



ねぇ。

こんなにも辛いのは私だけなのかな?

こんなにも会いたいと思うのは、私だけなのかな?

あなたは今日も変わらない毎日を過ごしているのかな?

帰るべき場所に、帰っているのかな?


私だけ、こんなに空っぽなのかな?



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