その手が離せなくて
「・・・・・・例え、都合のいい女だったとしても」
恐ろしい程冷たい声が自分じゃないみたいだった。
今いる世界が、どこか現実味を帯びない。
本当はこんな事言うべきじゃないって分かっている。
火に油を注ぐようなものだって。
それでも、負けたくなかった。
楽しかった日々を否定したくなかった。
強欲で勘違いな女と思われてもよかった。
楽しかった思い出が、脳裏に浮かぶ。
その瞬間、涙が溢れて声が震えた。
「私は彼を愛していました」
――ねぇ。
あなたに、好きだって伝えておけばよかったのかな。
誰よりも、誰よりも、愛しているって伝えておけばよかったのかな。
怖がらずに、本当の気持ちを伝えれば良かったのかな。
もう二度と会えないのならば、知っていてほしかったな。
初めて告げた想いが、彼の奥さんに言うなんて、なんだか可笑しいね。
「バカじゃないの」
「――」
「もう二度と高司に会わないで」
世界が終わりを告げる。
まるで死亡宣告の様に、稲妻の様に私の心に落ちた言葉。
ゆっくりと涙で濡れた顔を上げると、彼女が軽蔑した様に瞳を歪めた。
「普通の生活に戻れると思わないで」
「――」
「あなたには、すべてを失ってもらうわ」
彼女の、まるで狂ったかの様な笑い声が世界に響く。
そんな声を、まるで他人事の様に聞いていた。