その手が離せなくて
ただ、茫然と地面に座り込む。

頭で何かを考えようとするのに、思考がうまく働いてくれない。


彼女の言葉が。

彼女の姿が。

初めて誰かに向けられた憎悪が。

私の曇っていた心を現実に向かせてくれた。


「不倫・・・・・・か」


幸せの中にいて忘れていた。

この恋の罪を。

誰かが悲しむ姿を。

彼が、誰かのものだって事を――。


「もう、会えないのかな」


最後の言葉は震えていた。

止めどなく涙が溢れて、嘔吐が漏れる。


彼には、もう会えない。

もう、笑顔を見る事も、名前を呼んでくれる声も、髪を撫でてくれる手も。

全部全部、失われてしまった。
< 270 / 366 >

この作品をシェア

pagetop