その手が離せなくて

「嫌だっ。嫌だぁっ」


じわじわと襲ってくる現実が心を壊していく。

思い出の中の彼が笑う度に、会いたくて仕方なくなる。

今すぐにでも、駆けて行きたくなる。


「会いたいのっ、嫌だぁっ!!」


もう、この気持ちすら伝える事ができない。

伝えたい事は沢山あるというのに。

一緒に見たい景色が、沢山あるというのに。


「一ノ瀬さんっ」


彼女は彼を愛している。

彼も彼女を愛している。


彼が彼女のものだと目の当たりにした瞬間、自分が酷く邪魔者の様に感じた。

異物の様に感じた。

自分の存在価値が消えた様な気がした。

残ったのは、罪の重さだけ。


酷く惨めで、哀れで、彼女が羨ましくて、妬ましくて――。

人間の汚い部分が、一気に飛び出した。
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