その手が離せなくて
どこか居づらい雰囲気の事務所を抜けて、誰もいない会議室に2人入る。
パタンと扉を閉めた瞬間、小さく挨拶をしたけど、先輩は振り返りざま苦笑いを溢した。
「なんか、めんどくさい事になってるよ」
「え?」
その言葉を聞いて、心臓が高い所から落ちたかの様にひゅっとなる。
嫌な予感が再び一気に湧き上がって、声がでない。
息苦しい空気が私達の間に流れる。
硬直したままの私を見て、先輩はゆっくりと口を開いた。
「私はさ、望月。噂とか人伝えに聞いた話は信じないの」
「――噂」
「だから、本人の口から聞かせて」
薄暗い部屋の中で、先輩の瞳だけが何故か印象的に光った。
じっと私を見つめるその瞳から逃げ出したくなるけど、待ってはくれなかった。
「取引先の一ノ瀬さんと不倫してるって、本当?」