その手が離せなくて


名前を呼んだ瞬間、目の前の彼が優しく瞳を細めた。

あの青の中に浮かんだ姿と、全く同じ表情で。


「あの時の」


そう言われて、小さく頷く。

もはや、それが精一杯だったから。


「ここの社員だったの?」

「い、いえ・・・・・・」


驚いた様子で私の元へ足を進める彼。

それでも、驚く程似合っているスーツ姿を何故か直視できなくって、思わず目を泳がせた。


「う、打合せで」

「打合せ?」

「ここの会社と、うちの会社がタイアップ商品を組む事になっていて、その打合せです」


私のすぐ目の前まで来た一ノ瀬さんの革靴を見つめながら、そう言う。

それでも、微かに香る香水の香りに誘われる様にゆっくりと視線を上げた。

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