その手が離せなくて

「やっと、こっち向いてくれた」


目が合ったと思った瞬間、そう言って微かに微笑んだ彼。

どこか甘い声が、心臓を締め付けて苦しい。


「ずっと下向いてるから、声かけちゃマズかったのかと不安になってたとこ」

「いえっ、そんな事ないですっ」

「それなら良かった。というか、いいの?」

「えっ!?」

「電話。会社に掛けてたんじゃない?」


不敵に笑って、一ノ瀬さんは私が握りしめている携帯に視線を向けた。

その言葉で、今の自分の現状を思い出す。


そうだ、まだ打合せ中っ!!

みんな、私が戻ってくるの待ってるんだったっ!!


「うちの社員は気が短いから気を付けて」


悪戯っ子の様に笑った一ノ瀬さんを見て、急いで携帯を開いて会社に電話をかける。

その様子をクスクスと面白そうに笑う彼を横目に見ながら。



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