その手が離せなくて
「お疲れ」


駆け寄ってきた私を見て顔を上げたその人が、優しく瞳を細めてそう言う。

真っ黒なコートのポケットに両手を入れて、白い息を吐きながらニッコリと笑った。


「お疲れ様。寒くないんですか?」

「そうでもないけど?」

「ふふっ。肩震えてますよ?」

「っていうかさ」

「はい?」

「走ってきたんだ?」


まるで悪戯っ子の様に口端を上げた一ノ瀬さんを見て、頬が一気に熱くなる。

まるで一ノ瀬さんの、やせ我慢を指摘した私への仕返しの様に。


少しづつ分かってきた、彼の性格。

真面目かと思えば、お茶目で。

優しいかと思えば、意地悪なんだ。


少しずつ見せてくれる彼の素顔を見つける度に、嬉しくて嬉しくて堪らなくなる。

その表情を見る度に、少しずつ彼に近づけている気がして。


打合せの後に、バッタリまた会った事がキッカケで始まったこの時間。

お互い仕事後に少しだけ、この公園で話す。

ただ、それだけの時間。

それでも、僅かなこの時間が今では私の一番の楽しみだ。

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