その手が離せなくて

『もう、会わない』


自分で言った言葉がグルグルと頭の中を巡る。

そう言ってしまった自分に、少なからず後悔しながら。

だけど、こうする事しかできない。

だって、彼は誰かのものなんだから――。


「望月」


訳の分からない感情にのまれてしまいそうになった時、再び声がかかった。

勢いよく顔を上げて、何でもないといった様に首を傾げる。

すると、資料に目を通しながら、こちらに歩み寄ってくる上司がいた。


「どうしました?」

「あぁ、お前だったよな? このプロジェクトチームに配属されてるの」


そう言って、今程上司が目を通していた資料を渡される。

それを受け取って視線を落とすと、見覚えのある会社の名前が記されていた。


その瞬間、ドクンと一度跳ねる心臓。

だって、そこに記されていたのは。


紛れもなく、彼の会社――。



< 92 / 366 >

この作品をシェア

pagetop