その手が離せなくて
「すいません。その方は僕が部屋までご案内します」
不意に聞こえた、声――。
ピクリと肩が上がって、その場に固まる。
途端に胸が締め付けられて、息もできなくなる。
ゆっくりと視線を声のした方へ向けると、見慣れたスーツ姿の彼が長い足を交互に出しながら、私達の方へ歩み寄ってきた。
そして、女性から荷物を貰い受け、私の方に向き直った。
「お久しぶりです、望月さん」
そのビー玉の様な瞳が私を捉える。
どこか業務的の様に聞こえた言葉だったけど、微かに細められた瞳からは、私と彼がただの『取引相手』ではない事を物語っている。
「・・・・・・お久しぶりです、一ノ瀬さん」
「部屋までご案内します」
「いえ、結構ですから」
「仕事の事で話したい事がありますので」
私の言葉をサラリとかわして、スタスタと足を進める彼。
今は、2人きりになんてなりたくないのに。
それでも、ここで拒否したら逆に怪しまれる。