強引ドクターの蜜恋処方箋
1章
28歳の誕生日を迎えてからだったと思う。

自分が、このまま会社に通う毎日に不安と焦りが膨らんできた。

特に今の仕事に不満がある訳じゃない。

そうかといって自分の殻を打ち破ってるかっていうとそうでもない。

もちろんいい相手がいたら結婚だってしたい。

だけど、このまま結婚していいのかっていうとそうでもない自分がいる。

三十路前の悪あがき的な、宙ぶらりんな自分が不安をかき立てるのかもしれない。

そんな疑問を持ち始めたのもつい最近のことだ。


腕時計に目をやると、午前8時12分。

空気の淀んだ地下道から重たい足を必死に上げて地上に出ると、途端に息苦しさから解放される。

視線を上げるとごった返す人の波。

大小様々の足音が忙しく響いていた。

まるで高速道路の合流地点のように少し勢いをつけてその群衆の流れに乗る。

朝の日常風景。

自分の足音が雑踏に飲まれるのを感じながら仕事場へと歩みを速めた。

頬に当たる風が少しひんやりとしている。

いつの間にか夏は終わり、短い秋が必死に都会の空気に満ちているようだった。

横断歩道を渡りきると、目の前に私の勤める全面ガラス張りの自社ビルがそびえ立っている。

『メディカル・トップ・サポート株式会社』

医療機器開発の最先端を走る上場企業だ。

「チナツ-!」

ビルの玄関前で私の名前を呼ぶ声が背後から聞こえた。

振り返ると、同期の前田ユカが走ってきた勢いのまま私に全体重で飛び込んできた。

一瞬よろけるもすぐに体勢を整える。

「もう~、ユカは朝から元気ね」

「あったり前じゃない!だって今日は金曜日だしー」

あ、そうだった。

「チナツ、今日は空いてる?」

「うううん。今日はジムに行く」

「ジムかー。がんばってるよねー。そんなにスリムボディ目指して何企んでるの?」

ユカはカラカラと大きな声で笑った。

先月から会社で法人会員になってるスポーツジムに通い出した。

行きだしたきっかけは本当に暇つぶし的な、なんとなしな感じだったんだけど。



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