強引ドクターの蜜恋処方箋
医局の部屋の扉が閉まった直後だっただろうか。

秘書の悲鳴に近い声が響いた。

「教授!大丈夫ですか?教授!」

中にいた何人かの秘書達が慌てた様子で部屋の外に出て行った。

私も気になって一緒に出てみる。

秘書が群がっているその中心には、教授が片膝を立ててうずくまっていた。

え?

何があったの?

「教授大丈夫ですか?誰か呼びましょうか?」

「いや、大丈夫だ。立ちくらみみたいなもんだ。直き落ち着く」

教授はそう言いながら、こめかみを押さえて目をつむったままうつむいていた。

目眩?

秘書達は慌てた様子で何やら相談していた。

こういうときは、とりあえずすぐに動かしちゃいけないんだったよね。

気がついたら、私は教授の横に座り肩を抱いてさすりながら、「どこか痛いところはないですか?」と聞いていた。

転倒した時どこか打ってないか気になったからだ。

教授は「どこも痛くはない」と答えると、ゆっくりと薄目を開けて私の顔を見た。

「君、まだいたのか」

教授は口元をわずかに緩めた。

「はい、すみません」

そう言いながら、さっと教授の脈を測っていた。

顔色も悪くないし、意識もはっきりしてるし、うん、大丈夫。

目眩ってメニエル、かな?

「たぶん、持病のメニエルが出たんだと思う。悪いがゆっくり起こしてくれるか?」

やっぱり。

「はい」

私はそう言うと、しっかりと教授の体を支えた。

慌てて秘書の1人がもう片方の腕を支える。

「とりあえず、一旦部屋に戻りましょう」

秘書が教授を促した。

「そうだな。少し休めば治まるだろう。いやいや、医者の不養生とはこのことだな・・・全く恥ずかしい限りだ」

教授は苦笑しながら、ゆっくりと医局の部屋に戻った。

部屋にある大きな皮のソファーに教授はゆったりと腰を下ろす。

秘書は、新米看護師らしき私に若干いぶかしげな表情を向けながら「ありがとうございました。もう大丈夫なんで職場にお戻り下さい」と言った。

「はい」

ちょっと出しゃばりすぎたかな、と反省しながら教授と秘書達に一礼すると、慌てて部屋を出て行こうとした。

「あ、君!」

出て行こうとした私を教授は呼び止めた。

閉めようとした扉の隙間から、教授の方に顔を向けた。

「ありがとう。君の咄嗟の判断すばらしかったよ。優秀な看護師がそばにいてくれて安心だった。これからもがんばりなさい」

教授はまだ目が回っているのか目をつむったまま、片手を挙げて私に言った。

まだ状態が落ち着かない中で、私への気遣いをしてくれたその言葉に胸がぐっと詰まる。

私は深々とお辞儀をしたまま、その扉を静かに閉めた。

戻る廊下で、バタバタと医局に向かう若手医師達何人かとすれ違う。

きっと秘書から呼ばれたんだろう。

T大学病院にとってはかけがえのない松井教授に何かあったら一大事だから。

私は腕時計を見て驚く。

こんなにも長い時間医局にいたのね!

先輩に叱られちゃう。

若手医師達とすれ違った後、自分も早足に外科病棟に戻って行った。



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