強引ドクターの蜜恋処方箋
「両親はもともと僕を医者にしたかったんだ。父も母も医者だったしね」

「松井さんて、生粋の医者家系なんですね」

そう言いながら、松井さんの他の人と違う独特の空気感はそういう事が関係していたんだと妙に納得する。

「小学生の頃からずっと医学部目指して勉強させられて、兄貴も姉もあっさりそのレールに乗って医者になっちゃってさ。俺も最初は何の疑問もなく医学部入って医者の道に乗っかりだした時、急に本当にこのまま医者になっていいのか?って思い始めてね。父への反抗心も同時に芽生えてきたっていうか」

「がんばって医学部まで入ったのに?なんだかもったいないです」

「もったいない・・・か。確かにそうかもしれない。でもその当時は、医者の魅力にも気づいてなかったんだろうね。それよりも父親の存在に息切れしたって感じかな」

松井さんは苦笑した。

「父は俺の行ってた大学でも結構な有名人だった。周りの学生仲間からもことある毎に『お前はあれだけ立派な父親がいるから将来は何も心配することはないだろ』なんて言われたりさ、親の七光り的な目で見られることが多くて、当時それが一番苦痛だった」

「だから一転してサラリーマンの道へ進まれたんですか?」

「それでも医者にはならなきゃならないんだろうって事はずっと理解していたさ。ただ、こんな気持ちで医者になったっていい医者になれるわけないってこともわかってた。俺が今しなくちゃならないことは他にないのかって悩んでいた時に、ぶらっと立ち寄った就職部でこの会社を見つけた。俺達が今会社で扱ってる医療機器は最近目覚ましい成長を遂げているからね。自分の持ってる医学の知識がすぐに役に立つ場所だと感じたし、医学以外の知識をこの会社で学べるんじゃないかと思ったんだ。実際、ここで医療系の人脈も知識もすごく増えたよ。今でもこの会社を選んだことは間違いじゃなかったと言える」

「そうだったんですね。単に医者になるのが嫌でサラリーマンの道を選んだかと思ってました」

私は自分の浅はかさに首をすくめてうつむいた。

「まぁね。こんな話も誰にもしたことないし、大抵の周りの人達は南川さんと同じように思ってるさ」

松井さんは目を細めて笑った。

「でも、どうして今お医者様になろうなんて思ったんですか?」

「俺が新入社員の時にすごくお世話になった上司がいてね。昨年の冬、急に病に倒れたんだ。あれだけお世話になった上司なのに何の役にも立てなくて、初めて自分自身の無力を感じた。俺も会社で色んな経験をさせてもらって、その経験を生かすには今医者になるのがベストタイミングだって思ったんだ」

松井さんはそう言うと、カフェオレを飲みながら窓の外に目をやった。

「その上司の方は大丈夫なんですか?」

「うん。今のところリハビリを続けながら仕事にも復帰してるよ。俺が医者になったら真っ先に上司のために全力を尽くすつもりだよ」

穏やかな口調だったけど、その目には強い決意が隠っていた。

「俺の話はこれでおしまい。・・・で、南川さんは?」

松井さんの目の力がふっと抜けて、いたずらっぽく笑いながら私に視線を向けた。

ここまで来たら言わない訳にはいかないよね。

松井さんも特別な話を私に打ち明けてくれたんだもの。

ミルクティを一口飲み喉を潤すと、一呼吸置いて話し始めた。

二十歳の頃、母の入院で出会った看護師さんの事を。

「それ以来、本当はずっと看護師になりたかったんです。でも、なかなかその機会が巡ってこなくて。っていうか、自分にその勇気がなくて。さっき会った親友に『後悔のない人生にしよう』って言われたのがきっかけで思わず本屋に立ち寄ったんです」

松井さんは私から目を逸らすことなく、時折静かに頷きながら話を聞いてくれた。

親友のマリ以外にこの話をしたのは彼が初めてだった。




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