強引ドクターの蜜恋処方箋
「そうか。お母さんも大変だったね。今は体調はどうなの?」

「はい、まだ通院してます。なかなか完治に至らなくて。でも病状は落ち着いています」

松井さんは心配そうな顔で頷くと、カフェオレの入ったカップに添えた自分の右手に視線を落とした。

「南川さんだったら、きっといい看護師になれると思うよ」

静かにそう言うと、再び視線を上げて私を見つめた。

眼鏡の奥の優しい眼差しに思わず胸が締め付けられる。

なんだろう、こんな気持ち初めてだ。

松井さんと話していると、なぜか気持ちが安らいでいく。

素直に自分の気持ちが言葉になってあふれてくる。

胸の内に蓄積されている色んな不安や心配がすーっと胸から消えていくようだった。

手元のミルクティーを持ち上げて飲もうとしたら、もう全て飲み干してしまっているのに気付く。

あーあ、なくなっちゃったってことはタイムリミットか。

軽くため息をついた。

その時、突然松井さんが尋ねた。

「俺のこと本当に覚えてない?」

「え?」

松井さんのこと?

どこかで会ったことあるの??

私はまじまじとそのきれいな顔を見つめた。

こんな印象的な男性なら覚えていそうなはずなのに全く思い出せない。

どう答えていいかわからなくなって、じっと松井さんに訴えかけるような目で見つめた。

彼はそんな私を見て吹き出した。

「いいよいいよ。そんな必死な顔で思い出そうとしなくても」

松井さんは片手で顔を覆いながら、肩を振るわせて笑っていた。

何よ。

せっかく人が一生懸命思い出そうとしてるのに。

ようやく松井さんが顔を上げて私を見た。

「正直忘れられていたのにはショックだったけど」

笑ってたせい?妙に潤んだ松井さんの瞳にドキッとする。

松井さんは店員を呼ぶと、自分のカフェオレと私のミルクティのおかわりを頼んでくれた。

おかわりを頼んだらもう少し一緒にいられることに不思議と安堵している自分がいた。

「俺、ニューヨーク支店に移る前、人事部の採用チームだったんだ。知らなかった?」

「そうなんですか?全然知りませんでした」

どうりで仕事の覚えもスムーズだったわけだ。

もちろんブランクがあった上だから、松井さんの頭の良さがあればこそだけど。

「人事を出たのは6年前になるかな」

「っていうことは、私が今の会社に入社した時ですよね?」

「ああ。丁度入れ違いだったんだ。完全に忘れられてるけど、実は俺が君を採用したんだぜ」

「本当ですか?!」

思わず飲もうとしたティカップを置いて大きな声が出る。

「南川さんって、マジでかわいい」

松井さんはそう言うとまた私から顔を背けて笑った。

かわいいなんて言うけど、これって真に受けちゃいけないよね。

完全に馬鹿にされてるだけなんだから。

どういう表情をしていいのかわからず、黙ったまま笑ってる松井さんを傍観していた。

そんな私の視線に気付いて、再び私に向き直った松井さんは言った。

「ごめんごめん。君のそういうとこ。採用した時から全然変わってない」

「っていうことは、全然成長してないってことでしょうか?」

「違うよ。そういう素直で真面目で何にでも裏をかかず正面からぶつかっていくところが俺の採用の決め手だったからね。それは今の仕事ぶり見ててもそうだ。人事部っていうとこは一見お高く留まっちゃいそうなイメージを持たれやすいからこそ、そういう君が欲しかった」

真剣な眼差しで私を見つめる松井さんに「欲しかった」って言われてまた心拍数が上がっていく。

「覚えてる?南川さん、二次面接にびしょ濡れで遅刻して会場にやってきたこと」

「・・・あ、そういえば」

遠い記憶が少しずつ頭に蘇ってくる。

唯一、一次面接が通って二次面接に上がれたのが今の会社だった。

何としても決めたくて、気合を入れて本社ビルに向かったんだったっけ。

でもその日はあいにくの雨だった。











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