強引ドクターの蜜恋処方箋
傘を差して、本社ビルの前の横断歩道を緊張しながらわたっていた時。

この雨の中、歩道の中央で1人のおばあさんが傘もささず何かを必死に探しているのに遭遇した。

行き交う人達は、そんなおばあさんを一瞥するだけで皆急ぐ足を止めようとはしなかった。

私もそんな1人。

だって、今から大事な面接が待ってるんだもん。

ここでおばあさんに声をかけたら、面接に間に合わない。

おばあさんの横を通り過ぎた時、目の前の信号が点滅し出した。

おばあさんはそんな信号には気にも留めず、ひたすら何かを探し続けていた。

私の歩みが自然と止まっていく。

おばあさんの方を振り返った。

もうすぐ信号赤になるのに。

気がついたら、おばあさんの元に駆け寄って「おばあちゃん、信号赤になるからとりあえず一緒に渡ろう」と声をかけて、濡れたおばあちゃんの肩を抱いて横断歩道を渡りきった。

おばあさんは驚いた目をして私の顔をしばらく見上げていた。

体も顔もびしょ濡れのそのおばあさんを、とりあえず雨の当たらない本社ビルの下まで連れていった。

自分の鞄に入っていたハンドタオルでおばあさんの頭と体を拭いてあげる。

「すみません、ありがとう。ありがとう。」

おばあさんは何度も私に頭を下げた。

「おばあちゃん、何探してたの?」

「あのねぇ。おじいさんからもらったお守り」

「おじいさんからもらったお守り?」

「ええ、おじいさんがこれはいつも私を守ってくれるんだってくれたお守りをね。渡ってる途中落としちゃったみたいで。でも、どこにも見当たらなくてねぇ」

おばあさんの手は僅かに寒さで震えていた。

「何色のお守り?」

おばあちゃんの背中をさすりながら尋ねた。

「朱色」

「わかった。次信号青になったら私が見てきてあげる」

おばあさんは「いいのかい?」と私を見上げて尋ねた。

おじいさんからもらったお守り。

どういったいきさつがあるのかはわからないけど、このおばあさんにとっては雨に濡れても見つけなきゃならない大切なお守りなんだって思ったら勝手に体が動いていた。

信号が青になるのを待って、おばあさんに自分の傘と鞄を預けると横断歩道に戻って行った。

右左見ながら一歩ずつ進む。

人通りの多い横断歩道の上にこの雨で、その視界は時々遮られた。

もうすぐ横断歩道の向こう岸まで渡り切っちゃう。

朱色のお守りは私が歩いてきた歩道には落ちていなかった。

あきらめそうになった時だった。

朱色の何かが私の目の脇に映り込んだ。

歩道の縁の雑草に紛れて朱色が見えた。

「あった」

思わず声がもれる。

私はそっとその朱色のお守りを掴むと、走っておばあさんの待っている方へ急いだ。



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