強引ドクターの蜜恋処方箋
「こんなこと、娘に話す内容じゃないわよね。でも、きちんと話してあなたにもわかってもらいたいから」

母は軽く息を吐くと、ゆっくりと話し始めた。


それは、母の治療が本格的に始まって2年目のこと。 

クスリの副作用もあり、なかなか体が思うように動かない日が続いていた。

なんとか気丈に振る舞っていた母も精神的に少ししんどくなってしまい、その不安感から足繁く病院に通っていた。

入院前から担当してくれていた水谷先生は、なかなか思うように治療が進まない母のことをとても気にかけてくれていたそうだ。

時間があるときは、病院の庭を一緒に散歩してくれたり、喫茶室でコーヒーを飲んで楽しい話をしてくれたり。

同じ時間を共有するうちに、母にとって先生の存在がとても大きくなっていった。

そんな信頼出来る先生には母もこれまでの苦労話を話すことができ、また先生も親身に聞いてくれたそうだ。

母もそれが嬉しくて、いつの間にか先生を拠り所にするようになってしまった。

心を開く母に対して、先生も自分のことを色々と話してれるようになり次第に二人は親しくなっていった。

先生は結婚していて大きなお子さんもいるらしいが、母と親しくなった当時は既に離婚していて独り身だったそうだ。

そのこともあって、先生と母はますます距離を縮めていった。


その話は私には現実味がなくて、他人事のように聞いていた。

「実はね、もう一つ大事な話があるの。お母さんの病気の治療は日本では難しいらしくて、このままじゃよくなる見込みがないって。それで、水谷先生が一生懸命調べてくれて、その治療法の第一線で活躍されてるお医者様がオーストラリアにいることがわかったの。根本的な治療をするために、来月、水谷先生と一緒にオーストラリアに行こうと思うわ」

「え?オーストラリアへ?」

あまりにも突然の話で戸惑う。

今まで私のそばにいて、いつも力になってくれていた母がこの日本からいなくなる?

「ごめんね。チナツに相談する前に決めてしまって。だけど、この話はすぐにアクションとらないといけなくて、あなたに話す前に先生と前に進めたの。私も先生とオーストラリアで必ず元気になって戻ってくるから。それまで日本で待っていてほしいの。大丈夫?」

母は幸せとともに、そして治療のために海の向こうへ旅立っていく。

決意のみなぎった母の目を見ていたら、寂しいけれど母を笑顔で送ってあげたいと思った。

私ももう28歳だもの。

きっと1人で大丈夫。

母のためにも、自分のためにも、もっと強くならなくちゃ。

「うん、私は大丈夫だよ。お母さんには水谷先生がいるから安心ね。必ず向こうで病気を完治させてきて。」

私は母の肩を撫でながら、必死に言葉をつないだ。

「お母さんは、今、すごく幸せなんだね」

「ええ。人生の中で最高に希望に満ち溢れているわ」

母は、ようやく私に笑顔を見せた。

これまで苦労の連続だった母が、今が最高だと言えるってこんな素敵なことない。

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