強引ドクターの蜜恋処方箋
「南川!」

エレベーターの扉が閉まろうとした時、私を呼ぶ声が聞こえた。

この声は。

田村さんはその声に反応するかのように慌てて「閉」のボタンを何度も押す。

「・・・た、助けて」

ようやく私の喉から声が出た。

扉が閉まる寸前、一本の腕がその間に入った。

扉は挟まった腕に反応してまたゆっくりと開いていく。

開いた先にいたのは、松井さんだった。

必死に走ってきたのか頬が上気していて、額から汗が流れ落ちた。

「雄馬、何しにきたんだ。今更」

田村さんが吐き捨てるように言い放った。

「南川、こっち来い!」

松井さんはそう言うと、田村さんの腕から私を引き離すとエレベーターから引っ張り出した。

「あと一歩だったのによ」

田村さんの吐き捨てるような声が後ろで聞こえた。

その声に反応することなく松井さんは私の腕を掴んで走り出した。

これって、何?

私、何か変なことに巻き込まれてたの?

状況が理解できないまま、理解したくないと言った方が正確かもしれないけど、松井さんに腕を掴まれたままホテルの外に出た。

松井さんの私を掴む手はとても熱かった。

ホテルの前に一台の車が停まっていて、彼がキーで扉を開ける。

「乗って」

そう言われるがまま私は開かれた扉に乗った。

松井さんがハンドルを握り、車は夜の街に向かって素早く発進した。

運転する松井さんは何も言わずただ正面を向いたまま車を走らせていた。

どれくらい走ったんだろう。

街の光はいつのまにか遠くに見えていた。

車が停まった。

窓からは暗い海が見えていて、僅かな光が海に向けて付き出した桟橋を照らしていた。

広がる黒い海の向こうに、漁船の明かりがチラチラと瞬いている。

「随分走ったみたいですね」

私は松井さんの横顔につぶやいた。

「そうみたいだね」

そう言うと、松井さんはサイドブレーキを引きながらようやく私の方に顔を向けた。

月明かりで松井さんの目が潤んでいるように見える。

思わずその目から視線を逸らした。

「強引に連れ出してごめん」

松井さんの声が静かに車中に響く。

夜の海を眺めながら、私の鼓動も少しずつ落ち着きを取り戻していった。

「どうして私があの場所にいるってわかったんですか?」

私はゆっくりと言葉を噛みしめるように尋ねる。

松井さんはまだわずかに汗ばんだ前髪を掻き上げながら私の方を向いた。

月明かりが彼のきれいな顔をもっと美しく見せる。

眼鏡の奥の目が月に反射して光っていた。

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