強引ドクターの蜜恋処方箋
「田村に聞いてたから」
「田村さんに?」
意外な返答に、ますます訳がわからなくなる。
「どういうこと、ですか?」
これから聞かなければならない事実は、ひょっとしたら私を傷付けるかもしれない。
そんな予感がしてこめかみの辺りがヒリヒリしていた。
「田村は君も知ってると思うけど俺の同期で、実はもうすぐ結婚するんだ。結婚前に、最近ジムで親しくなった君を最後の火遊び相手に選んだって。君が一ヶ月で落ちるかどうか俺と賭をしないかって持ちかけられてね」
ゆっくりと、でも冷静に話す松井さんの言葉は、私の気持ちにぐさぐさと槍を刺していった。
人間不信って、こういう状況に陥った時なるものなのかもしれない。
「嘘でしょ。信じられない。そんなひどい話」
「俺はそんな賭最初からきっぱり断って、田村も冗談で言ってただけでもう済んだ話だと思ってたんだ。でも、今朝田村からホテルを予約したって聞いて、いても立ってもいられなくなって南川を追い掛けていったら、俺も目を疑いたくなるようなあの状況だったって訳さ」
目の前を流れる黒い波は時々月明かりを反射してキラキラと光っていた。
「大丈夫か?」
松井さんの声を聞きながら、少しずつ冷静になっていく。
「大丈夫じゃないです」
「だよな」
松井さんは、ふぅーっと長い息を吐いて少しだけ車の窓を開けた。
ほのかに潮の香りとさざ波の音が車中に入ってくる。
さざ波の音を聞きながら、『大丈夫じゃないです』って言ったけど、本当はそれほどその槍が私を深く傷付けていないことに自分自身驚いていた。
どうしてだろう。
それはきっと、今ここに松井さんがそばにいてくれるからじゃないかと感じていた。
私が深く傷つく前に助け出してくれた松井さんが。
松井さんは窓の外に顔を向けたまま片手で自分の目を覆う。
「もっと早く田村のこと君に伝えるべきだったよ・・・本当にすまない。俺の田村に対する嫉妬心を南川の前にさらけ出すことに躊躇ってた。ったく大の男が情けないよな」
・・・嫉妬心?
その時、突然松井さんが私の手をぎゅっと握りしめた。
「こんな時に、だけど」
松井さんは前を向いたまま続けた。
「俺、びしょ濡れでお前が面接を受けに来た時から、ううん、あのおばあさんから傘を預かった日からずっと南川の事が気になってしょうがない。損得顧みず困ってる誰かのために懸命に雨の中探してる君の姿が胸に焼き付いて離れないんだ。信じてもらえないかもしれないけど、どうしたって消せなかった。こうして俺が人事部に戻ってきて、まさかまた南川と出会えるなんて思いもしなかったよ。でも再会したことで、俺の気持ちがずっとお前に残ったままだってことに気付いてしまったっていうか・・・何て言えばいいんだ?」
いつも冷静な松井さんが握り拳を自分の口元に当てて悔しそうな顔をしながら必死に言葉を探している。
熱い手が更に強く私の手を握った。
「俺の立場から言うのは間違ってるかもしれないけど、お前の上司の皮を脱ぎたい」
「・・・?」
私はゆっくりと松井さんの顔を見上げた。
松井さんもようやく私の方に向き直り、月明かりに潤んだ目で私をじっと見つめた。
「・・・好きだ」
「ま、ついさん?」
こんな切羽詰まったような彼の表情を見たのは初めてだった。
私、今告白されてる?
松井さんは優しく私を自分の胸に引き寄せ抱きしめた。
一瞬の出来事に頭の中が混乱していた。
暖かい彼の鼓動が私の体を伝わってくる。
「ずっと会いたかった」
あの日。
雨の中、びしょ濡れになった私をずっと今日まで思ってくれてたって?
そんなの信じられない。
傷付いた1人の部下を慰めるためにそんな優しい冗談を言ってるだけだ。
それなのに、松井さんの胸の中はとても居心地がよくて疲れている体を預けたまま夢の中へおちていきそうになる。
今日私に起こった出来事があまりにも色々あったせいか、この状況にはまだ現実味がなかった。
「俺はお前を守りたい。だからこれからも何かあればいつでも俺を頼ってほしい」
松井さんは抱きしめながら優しく私の髪を撫でた。
「・・・ありがとうございます」
暖かい胸の中で小さくつぶやいた。
突然の告白に体中がふわふわ雲の中に浮かんでいるようだった。
「田村さんに?」
意外な返答に、ますます訳がわからなくなる。
「どういうこと、ですか?」
これから聞かなければならない事実は、ひょっとしたら私を傷付けるかもしれない。
そんな予感がしてこめかみの辺りがヒリヒリしていた。
「田村は君も知ってると思うけど俺の同期で、実はもうすぐ結婚するんだ。結婚前に、最近ジムで親しくなった君を最後の火遊び相手に選んだって。君が一ヶ月で落ちるかどうか俺と賭をしないかって持ちかけられてね」
ゆっくりと、でも冷静に話す松井さんの言葉は、私の気持ちにぐさぐさと槍を刺していった。
人間不信って、こういう状況に陥った時なるものなのかもしれない。
「嘘でしょ。信じられない。そんなひどい話」
「俺はそんな賭最初からきっぱり断って、田村も冗談で言ってただけでもう済んだ話だと思ってたんだ。でも、今朝田村からホテルを予約したって聞いて、いても立ってもいられなくなって南川を追い掛けていったら、俺も目を疑いたくなるようなあの状況だったって訳さ」
目の前を流れる黒い波は時々月明かりを反射してキラキラと光っていた。
「大丈夫か?」
松井さんの声を聞きながら、少しずつ冷静になっていく。
「大丈夫じゃないです」
「だよな」
松井さんは、ふぅーっと長い息を吐いて少しだけ車の窓を開けた。
ほのかに潮の香りとさざ波の音が車中に入ってくる。
さざ波の音を聞きながら、『大丈夫じゃないです』って言ったけど、本当はそれほどその槍が私を深く傷付けていないことに自分自身驚いていた。
どうしてだろう。
それはきっと、今ここに松井さんがそばにいてくれるからじゃないかと感じていた。
私が深く傷つく前に助け出してくれた松井さんが。
松井さんは窓の外に顔を向けたまま片手で自分の目を覆う。
「もっと早く田村のこと君に伝えるべきだったよ・・・本当にすまない。俺の田村に対する嫉妬心を南川の前にさらけ出すことに躊躇ってた。ったく大の男が情けないよな」
・・・嫉妬心?
その時、突然松井さんが私の手をぎゅっと握りしめた。
「こんな時に、だけど」
松井さんは前を向いたまま続けた。
「俺、びしょ濡れでお前が面接を受けに来た時から、ううん、あのおばあさんから傘を預かった日からずっと南川の事が気になってしょうがない。損得顧みず困ってる誰かのために懸命に雨の中探してる君の姿が胸に焼き付いて離れないんだ。信じてもらえないかもしれないけど、どうしたって消せなかった。こうして俺が人事部に戻ってきて、まさかまた南川と出会えるなんて思いもしなかったよ。でも再会したことで、俺の気持ちがずっとお前に残ったままだってことに気付いてしまったっていうか・・・何て言えばいいんだ?」
いつも冷静な松井さんが握り拳を自分の口元に当てて悔しそうな顔をしながら必死に言葉を探している。
熱い手が更に強く私の手を握った。
「俺の立場から言うのは間違ってるかもしれないけど、お前の上司の皮を脱ぎたい」
「・・・?」
私はゆっくりと松井さんの顔を見上げた。
松井さんもようやく私の方に向き直り、月明かりに潤んだ目で私をじっと見つめた。
「・・・好きだ」
「ま、ついさん?」
こんな切羽詰まったような彼の表情を見たのは初めてだった。
私、今告白されてる?
松井さんは優しく私を自分の胸に引き寄せ抱きしめた。
一瞬の出来事に頭の中が混乱していた。
暖かい彼の鼓動が私の体を伝わってくる。
「ずっと会いたかった」
あの日。
雨の中、びしょ濡れになった私をずっと今日まで思ってくれてたって?
そんなの信じられない。
傷付いた1人の部下を慰めるためにそんな優しい冗談を言ってるだけだ。
それなのに、松井さんの胸の中はとても居心地がよくて疲れている体を預けたまま夢の中へおちていきそうになる。
今日私に起こった出来事があまりにも色々あったせいか、この状況にはまだ現実味がなかった。
「俺はお前を守りたい。だからこれからも何かあればいつでも俺を頼ってほしい」
松井さんは抱きしめながら優しく私の髪を撫でた。
「・・・ありがとうございます」
暖かい胸の中で小さくつぶやいた。
突然の告白に体中がふわふわ雲の中に浮かんでいるようだった。