強引ドクターの蜜恋処方箋
松井さんは、私より5歳上の33歳。

一ヶ月前、ニューヨーク支店からうちの部署に転勤してきた。

若いけど、今や私の直属の上司だ。

あまり笑わないし、しゃべらない。

時々目が合うけど、切れ長の松井さんの目はいつもクールで何考えてるのかわからない。

正直苦手。

私みたいなトロトロしたタイプは向こうも苦手なんだろうと勝手に解釈していた。

だから極力最低限の会話に留めて、仕事以外のプライベート的な話はしたこともない。

そんな取っつきにくい松井さんだけど、仕事の覚えはものすごく早かった。

新しく任された大量の仕事も、短期間の引き継ぎで既に誰よりも完璧だった。

一度覚えた仕事は二度と忘れない頭の構造になってるんだろう。

しかも応用力も抜群に利くし。

頭脳明晰っていうのは松井さんみたいな人のことを言うのかもしれない。

それもそのはず、実は松井さんはT大学医学部の名誉教授の息子で、彼自身も医学部を卒業してるんだってユカがこないだ言ってた。

そりゃ頭いいよね。

だけど、どうして医師の道に行かず、サラリーマンになっちゃったかは謎らしい。

だから余計謎めいた雰囲気が漂ってるように私には見えるのかもしれない。

頼まれたコピーの束を持って松井さんのデスクに急いだ。

「はい。頼まれた資料、10部コピーしました。」

松井さんは座ったまま私から資料を受け取った。

石膏のようにきれいな肌をしている。

鼻筋もすっとして、ひきしまった唇。

眼鏡を外したらきっとものすごく・・・。

「ありがとう」

しばしその横顔に見とれていた私に気付いたのか気付かないのか、松井さんは顎に手をやったまま初めて私に口元を緩めた。

笑ったらこんな優しい表情になるんだ。

松井さんは書類を机上で揃えると、そのままスッとイスから立ち上がった。

横に並ぶと思っていた以上に長身で、思わずその身長に圧倒されて後ろによろけた。

「あ、ごめん、大丈夫?」

よろけた私の腕を松井さんはすかさず掴んだ。

見た目の繊細な印象と違う熱くて大きな手に一瞬どきっとする。

「大丈夫です。すみません」

すぐに体勢を立て直した。

「俺の記憶が正しければ、君は南川チナツさんだよね?」

彼がふいに尋ねた。

「ええ、そうですけど」

「そっか。やっぱり君なんだ」

「・・・あの、どこかでお会いしたでしょうか?」

必死に過去のページをめくるけれど、彼のような男性と出会った記憶は全くなかった。

「いや、ま、いいや。これから、この書類の整理をしてくるから、少しの間席を外すよ」

松井さんはまたいつものようなクールな表情に戻り、会議室へと颯爽と歩いて行ってしまった。

さっきの何だったんだろ。私を知ってるみたいな言い方。変なの。

そんな松井さんの大きな後ろ姿を見送りながら、

「もっと笑えばいいのに」

と小さくつぶやいた。



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