強引ドクターの蜜恋処方箋
駅前の公園の前の側道に車は停まった。

ここは、桜が有名な公園だと思うんだけど今は秋。

どうしてここに連れてきたんだろう。

松井さんは「チナツにこの景色を見せたかった」

と言って、助手席のドアを開けた。

開けられたドアからふわっと冷たい空気が入ってきた。

車を降り立った目の前に、桜並木が広がっていた。

桜並木は紅葉していて、夕焼けに照らされた赤と黄色のグラデーションが私の目に飛び込んできた。

「うわ、すごい!」

思わず口に手を当ててその光景に圧倒される。

そしてその光景に吸い込まれるように助手席を降りた。

「きれいだろ?この日が落ちる一歩手前が一番紅葉が映えるんだ。間に合ってよかった」

松井さんはホッとした表情で、助手席の扉を静かに閉めた。

「少し歩こうか」

松井さんは私の方に自分の左手を差し出した。

え?

この手はどうしろっていうの?

戸惑っていると、松井さんは笑いながら私の右手を掴んだ。

そして、手をつないだまま桜並木を歩き出した。

松井さんの手に包まれた私の手が熱くてじんじんしている。

そんな緊張を察してか、松井さんが私の手を優しく掴み直した。

少しずつ夕暮れの光が落ち着いていく。

「さっき水谷先生に公言した話聞こえただろ?俺、今の会社を退職して国家試験の勉強に集中しようと思ってる。チナツは看護学校はどうするの?」

「悩んでます。今の仕事に不満はないし、今から勉強して看護学校受けるっていうのもかなりリスクがあるなぁって」

「そうか。チナツには看護師はすごく向いてると思うけど」

桜の葉の隙間から夕日のオレンジ色がチラチラと見え隠れする。

「看護学校の試験はいつ?」

「2月だったかな」

「じゃ、俺と同じだね。一緒に受験勉強がんばらない?」

「え?」

突然そんな提案をされて驚く。

一緒にがんばるって。

「試験勉強って孤独なものだから、そんな時知ってる誰かががんばってるって思えたらお互い張り合いでるだろ」

「・・・私にとっては張り合い以前の問題だから」

「そうか。まぁ、まだ時間はある。もう少し考えればいいさ」

私は松井さんに頷きながら、看護師になりたいっていう気持ちが以前よりも強くなってることに自分自身気付いていた。

だけど、その一歩を踏み出すことが今の私には相当な勇気がいるってことも。

これまでの人間関係もキャリアも全部一旦白紙に戻さなくちゃならないし。

だけど、松井さんがそばにいてくれるならがんばれるかもしれない。

心が揺れている。

松井さんは、一本の真っ赤に紅葉した桜の下で歩みを止めた。

手を繋いだままその桜の木を見上げた。

「・・・田村のことは、まだチナツに深い傷を残してる?」

私はすぐに首を左右に振った。

田村さんのことなんて、本当はあの日、松井さんとキスした日から忘れていた。

「よかった。チナツの悲しみに暮れている顔は見たくないからね」

松井さんは優しく微笑んで私を見つめた。

「チナツ」

ゆっくりと私の名前を呼んだ。

「はい」

松井さんの横顔を見上げる。

「こうして2人で会う度にチナツに惹かれていく。今日君のお母さんに言ったチナツへの思いには嘘はない」

そう言うと、私を優しく抱き寄せた。

「俺だけのチナツになってくれないか?」

胸がきゅうっと苦しいほどに切なくなる。

松井さんのその言葉は、私の体の中心を被っている強固な殻を少しずつ溶かしていくようだった。

「来月俺が辞める日、もう一度2人で会いたい。その時、チナツの気持ちを聞かせてほしい」

私の耳に雄馬の唇がかすかに触れる。全身が電気が走ったように震えた。

こんなに素敵な松井さんなのに本当に私でいいの?

これ以上、そんな甘い言葉をささやかれちゃったら本気にしちゃうよ?

松井さんに惹かれる気持ちが加速度を増していく。

きちんと届けられるんだろうか。私の気持ち。

甘くとろけるような気持ちと不安でたまらない気持ちがぶつかり合っていた。









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