強引ドクターの蜜恋処方箋
時計を見る度、お昼の時間が次第に近づいてくる。

ナースセンターの前に次から次へとお昼の食事が何段も詰めるようになった大きなワゴンで運ばれてきていた。

患者さんによって昼食の内容も違う。

それを1人1人間違えないように確認しながら配膳するのは、かなり神経の使う仕事だった。

どう考えても慣れない私一人で20名の配膳を時間内に終えるのは無理だ。

午後からの回診に間に合わない。

額に冷たい汗が滲んでいた。

お昼のチャイムと同時に急いで準備に取りかかった。

ナースセンターは昨日と比較にならないくらいにがらんとしている。

何人か看護師はいたけれど、皆素知らぬ顔でそれぞれの作業に集中していた。

中には談笑している看護師もいたりして、一体どこが皆手が離せない状態なのよ!

あー、見ないでおこう。

私は新しいマスクに取り替えビニル手袋をはめた。

お昼ご飯のトレーの中身を一つ一つ名前と部屋とを確認しながら運んでいく。

忙しく動きながら、一部屋一部屋回っていく。

トレーは思っていたよりも重くて、想像以上に重労働だった。

ようやく半分ほど配り終えて、時計を見ると既に全員配り終えてないといけない時間だった。

「看護師さん、お昼ご飯まだぁ?お腹空いたよ~」

4人部屋のまだ配っていない少年から尋ねられる。

「ごめんね。すぐ持って来るから」

そう答えて、慌てて部屋から出ると、扉の向こうにいた誰かとぶつかってしまった。

「あ、すみません!」

ぶつかった相手の白衣が目に入る。

「おっと、えらく慌ててるね」

そのぶつかった白衣の人は、首から聴診器をかけて微笑む雄馬さんだった。

回診?

「回診に行く前にチナツが気になってちょっと覗いてみた」

私の耳元でささやいた。

「お疲れさまです。すみません。急ぐので・・・」

今はゆっくりと2人の時間を楽しんでいる余裕はない。

雄馬さんに泣きつきたい気持ちを堪えて、その場を急いで離れた。

次の患者さんのお昼のトレーを取ろうとしたその時、そのトレーがすっと宙に浮いた。

「?!」

私の背後から、雄馬さんがトレーを取って立っていた。

「まさか一人で配膳やってるの?」

そう言った彼の表情は険しかった。

「皆、忙しいみたいなので」

私はうつむいたまま小さく答える。

雄馬さんは軽く舌打ちをした。

「ンな話、ここに来てから聞いたことないけど。ま、いいや。こんなの1人じゃとても無理だろ。俺も手伝うよ」

そう言うと首からかけていた聴診器を白衣のポケットに直し、トレーの上に乗った名前を確認し部屋へ運んで行った。

私も慌てて、その隣のトレーを持ってその後に続いた。

雄馬さんの的確な指示と、判断の速さであっという間に配膳は終了した。

「ありがとうございました。助かりました」

全て完了した後、ペコリと頭を下げた。

「それは全然構わないさ。っていうか、他の看護師達は何やってるんだ?」

雄馬さんはナースセンターの柱の陰で私達の様子を伺っていた先輩達に視線を向けた。

先輩達の表情は明らかに引きつっていた。

まさか、このタイミングで普段忙しい雄馬さんがやってくるなんて思いもしなかったらしい。

雄馬は白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、先輩達の前に歩み寄った。

「人手が足りないならいつでも俺に声かけて下さい。大変な時は助け合うのがこの病院の鉄則でしょう」

「あ、はい、すみません!今日はありがとうございました」

先輩達は、雄馬を見上げ表情を強ばらせたまま頭を下げた。

雄馬はそんな看護師達にくるっと背を向けて、再び私の方へやって来た。

「どんな時も俺が支えるから、辛い時は遠慮なく言えよ」

私にしかわからないように口元を緩めると、私の肩をポンポンと叩いて颯爽と隣のフロアへ回診に戻って行った。

長身の雄馬さんの後ろ姿が角を曲がって見えなくなるまで見つめていた。

触れられた肩が熱い。

・・・ありがとう、雄馬さん。

泣きそうだった。

柱の陰にいた先輩達は、青ざめたまま呆然と雄馬さんを見送っていた。

それ以降、先輩から配膳を一人でやるように言われることは二度となかった。











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